変えられない「血筋」とどう向き合うか
皆さんは話題の映画『国宝』をご覧になったでしょうか。2025年6月の公開以来、ロングランヒットを続け、ついに邦画実写映画として歴代1位となる興行収入を達成しました。
私も公開されてすぐ観に行きましたが、俳優陣の熱演が素晴らしいのはもちろんのこと、脚本が非常にしっかりしているという印象を受けました。文庫で上下巻にまたがる吉田修一さんの原作小説を、3時間近い映画として見事に再構成しています。
一方で、映画では割愛された場面があったり、登場人物の役割が小説とは異なる部分もあります。映画を観て感動した方は、ぜひ原作を手に取って、小説ならではの魅力を味わってはいかがでしょうか。
物語の軸となるのは、歌舞伎の世界で出会った2人の宿命のライバルと呼ぶべき関係であり、そこには「血筋か、才能か」という問いがつきまといます。
任侠の家に生まれた主人公の喜久雄は、生来の役者の素質を買われ、15歳のときに上方歌舞伎の名門・丹波屋の当主である二代目花井半二郎に引き取られます。そこで出会ったのが、半二郎の一人息子であり、生まれながらに歌舞伎役者になることを運命づけられた同じ年の俊介でした。
2人は芸を極めるという共通の目標に向かい、厳しい稽古を重ねて互いを高め合います。向上心を持って突き進む人が身近にいると、自分もそうありたいという情熱が生まれるものです。
ニーチェは著書『ツァラトゥストラ』で「君は友にとって、超人を目ざして飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから」と記しています。「超人」とは、人間的な弱さを超えようとする存在であり、その高みを目指して向上する姿を友に見せるべきだと言っているわけです。
喜久雄と俊介はまさにそのような間柄であり、ライバルとして張り合いながらも認め合う友情が描かれます。
ただし2人の間には、決定的な違いがありました。かたや極道の息子で、かたや梨園の御曹司と、受け継いだ血筋は正反対です。伝統芸能である歌舞伎の世界において、丹波屋の名跡を継ぐのは半二郎の実子である俊介だと、本人を含めて誰もが疑いませんでした。
これはビジネスの世界に置き換えると、オーナー企業に入社して実力で出世を続けてきたものの、同期に創業家のお坊ちゃんがいて、彼が後継者として社長になるのはほぼ決まっている、といったところでしょう。
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