理不尽に怒られても心の平静を保つには
近頃話題の言葉に「不機嫌ハラスメント(フキハラ)」があります。不機嫌な態度や言動により周囲に精神的苦痛を与えることを意味する新語ですが、こんな言葉が生まれるほど、今は機嫌の悪い人が増えているのでしょう。もしかしたら皆さんの職場にも、“フキハラ上司”や“フキハラ部下”がいて、身近にいる人たちはメンタルをすり減らしているかもしれません。
日本人がこれほど不機嫌さをあらわにするようになったのは、比較的最近のことのように思います。かつての日本人は争いや揉め事を嫌い、できるだけ周囲と穏やかな関係を築こうとする傾向が強いといわれました。明治時代に来日し、日本人の本質や精神性に迫る文章を数多く残したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の代表作『日本の面影』にも、当時の人々が心の平穏を保つための術を身につけていたことが記されています。
本書に収録されている「日本人の微笑」と題した随筆には、「私には、どうもあの日本人の微笑というやつが理解できないのです」と語るハーンの友人(彼も外国人)が登場します。その理由として、彼は横浜で暮らしていた頃の体験を披露します。
ある日、彼が馬を走らせていると、前方から来た人力車の一部と馬の肩がぶつかった。馬が血を流しているのを見た友人はカッとなり、手にしていた鞭の柄で、人力車を引いていた車夫の頭をゴツンと殴ってしまった。ところが車夫は微笑を浮かべ、お辞儀をしたというのです。
友人はその表情を「実に礼儀正しい微笑といえるものだったんです」と振り返り、「怒りに駆られた私が、どうしてあの男を微笑ませることができたんだろうか」と疑問を口にしました。ハーンもこの話を聞いた当時は、なぜ車夫がこれほど平和的な態度をとったのか、理解できなかったと綴っています。
しかし日本での暮らしが長くなった現在なら、「あの不思議な微笑の意味が、わかるようになった」と彼は続けます。
「日本人の微笑は、念入りに仕上げられ、長年育まれてきた作法なのである」
これは令和を生きる私たちにとって、非常に示唆に富む一文です。ハーンは日本人が子どもの頃から、お辞儀と同じように礼儀作法として微笑を教えられるため、たとえ不愉快な場面でさえ、笑顔を崩さずにいられると解説しています。
「相手にとっていちばん気持ちの良い顔は、微笑している顔である。だから(中略)いつもできるだけ、気持ちのいい微笑みを向けるのがしきたりである」
「反対に、深刻だったり、不幸そうに見えたりすることは、無礼なことである」とも述べています。なぜなら周囲の人たちに心配をかけたり、苦しみをもたらしたりするからです。
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