古くより、人は癒やしを求めて温泉へ赴く。しかし、時代とともに人は「湯治」以外の魅力も街に求めるようになった。新たなニーズを摑むまでの温泉街の奮闘を、温泉エッセイストの山崎まゆみ氏が綴る――。

今年の冬も冷え込み、温泉であったまりたい季節になった。

「にっぽんの温泉100選」(観光経済新聞社主催)で22年連続1位を誇る草津温泉は、湯畑という圧倒的な存在をもって王者の風格を漂わせる。毎年、湯畑まわりを改修し進化する草津町の努力もあるが、温泉資源だけで集客し続けることは難しい。

草津の地の利は悪い。

電車を使う場合、最寄り駅のJR長野原草津口駅からバスで約30分。軽井沢駅からもバスが出ているが、やはり1時間かかる。かつて、お客は車を利用した中高年で占めていた。

それが今では、草津温泉の宿泊客の約半数が20代と30代になり、年齢層が大逆転した。

確かにここ数年、草津温泉に行けば、平日でもスマホで湯畑を映す若者で溢れている。自撮り棒を使ってライブ配信する若者も少なくない。町並みは若返り、一瞬、大学のキャンパスかと見まがうほどである。

私は25年ほど、温泉を取材し、ここ10年は宿泊業界を専門に取材執筆している。温泉地の旅館に詳しくヒアリングをして、その状況をスケッチするかのように記事を綴っているが、その私の経験から言うと、温泉地の変化には、必ずキーマンの存在がある。

まずは草津温泉を大きく変化させた人間ドラマを解き明かしてみよう。

常識破り「夕食なし」が若者のニーズを摑む

2012年、草津温泉全体の来訪者数は65歳以上が60%だった。加えて、年間の来訪者数が300万人に対して、宿泊者数は200万人、日帰り客は100万人。全体の3分の1は宿泊せずに帰り、大きな収益に直結しないとデータは示していた。

「未来の再来訪者数という点で、非常に危機感を覚えていました。息子や娘に、旅館を承継していいものかどうか……」と、当時の心境を話すのは、老舗旅館「奈良屋」や大型ホテル「草津ナウリゾートホテル」など、草津温泉で6つの宿を経営する小林恵生社長だ。