働く女性の癒やしになる「服のデザート」が出発点

パジャマや部屋着といえば、百貨店の寝具売り場の片隅に置いてあるもの。ファッションビルでも下着コーナーの一角に少し置いてあるだけ――それがかつての常識でした。家の中で着るためだけの服をわざわざ買いに行く人は珍しかった。リカバリーウエアはもちろん、ルームウエアという言葉もまだ浸透していませんでした。

近藤広幸
マッシュホールディングス社長
近藤広幸(こんどう・ひろゆき)
1975年生まれ。建築デザイナーを経て、98年にマッシュグループの前身となるマッシュスタイルラボを設立し、CG制作等を手がける。2005年のファッション事業参入以降、ビューティー・フード等の多角的な事業をけん引。

そんな中、当社は西武池袋本店とルミネ新宿のファッションフロアに“もこもこの部屋着”に特化したブランド「gelato pique(以下、ジェラート ピケ)」を出店しました。2008年、私がまだ30代の頃です。

ジェラート ピケのパジャマ

代表的な商品の定価は上下合わせて1万円強。「たかがパジャマに誰がそんなお金を出すの?」という声もありましたが、ジェラート ピケは流行に敏感な女性たちの心をすぐにつかみました。25年8月期、ブランド単体の売上高は350億円を突破。当社全体の売上高が約1300億円ですから、その3割近くを占めています。売り上げの5〜6割がギフト需要で、メンズ、キッズ&ベビー、ペット用品、寝具、さらにカフェ事業も好評です。当社は、かわいい部屋着を買って楽しむ、そして人にも贈るという、新たな文化を日本に生み出せたと自負しています。

誰もお金をかけなかったジャンルで、なぜここまでヒットするブランドがつくれたのか。その原点は、「ファッション業界に“デザート”があれば癒やしを届けられる」という気づきでした。

食の世界を思い浮かべてみてください。ほとんどの高級レストランでは最後にこだわりのスイーツが出てきますし、デパ地下には様々な洋菓子店が並んでいます。ところが当時のファッションビルを歩いていると、どこもワンピースやコートなど、同じカテゴリのアイテムを売る店ばかり。いわばステーキ、うなぎ、カツ丼といった「メインディッシュ」しかないのです。どんなにお腹がいっぱいでも、甘いものは別腹に入るはず。しかし、洋服の世界にはその別腹を刺激するようなブランドがありませんでした。

さらに私たちは、働く女性たちが置かれた環境にも注目しました。当時の新宿で目にした光景は忘れられません。夕方になると、都庁方面から、全身黒っぽい服に身を包んだ女性たちが疲れた表情で次々に歩いてくるのです。本来はピンク色や水色の服が好きという人も少なくないはずなのに、社会の要求に応えるために自分の気持ちを閉じ込めてしまっている。ようやく家にたどり着いても、着古したTシャツやスウェットに着替えるだけなんですよね。

多くの人は1日に2回着替えます。1年で365回ある「帰宅後の着替え」の時間が心弾むものに変わったら、人生はもっとハッピーになるはず。家の中くらいは誰にも気を使わず、自分の気分が上がる服に包まれたっていい。この「癒やし」こそが、ファッションのデザートの役割だと考えました。

加えて、「ギフト需要」もはじめから見込んでいました。結婚して子育てが始まると、ファッションが大好きな女性でも、価格や周囲の目を気にして服の購入を控える傾向にあります。しかし、夫や子どもとお揃いで、家の中で楽しめるブランドならどうでしょう。ケーキ屋さんでお土産を選ぶように、“服のデザート”を大切な人に贈ったり、自分へのご褒美にしたりする文化がつくれると思ったのです。

ジェラート ピケのコンセプトである“大人のデザート”は、実は当社が手がけた最初のファッションブランドの失敗によって磨かれたものです。05年に立ち上げた「SNIDEL(スナイデル)」には、当初、明確なコンセプトがありませんでした。私の頭の中にあるビジュアルイメージだけで突っ走った結果、どんなに頑張っても売れなかった。コンセプトが曖昧だとデザインが迷走し、お客様にも魅力が伝わりません。

トップがいくら「このブランドを売るのが夢だ」と語っても誰もついてこない。でも、「このコンセプトをみんなで体現したい」と伝え方を変えた途端、チームが躍動し始めます。全員の頭の中に同じゴールが浮かんでいるから、企画案やデザイン案が少しでもずれていれば、全員が「これは違う」と即座にわかる。そのジャッジができることが、ブランドの強さの根幹です。スタートダッシュでつまずいたスナイデルも、今では当社を支える大きな柱に成長し、ルミネにある1店舗のみで単月1億3000万円以上を売り上げるという記録をつくりました。

(構成=山本ヨウコ 撮影=大崎えりや 画像提供=マッシュホールディングス)

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