自分が生きた証しは、どうしたら残せるのか。今年7月に亡くなった評論家の山田五郎さんと作家の東野圭吾さんの生き方にヒントがある。

人生の最期まで「自分らしい日常」を淡々と積み重ねていこう

人の命には限りがある。私も、この文章を読んでいるあなたも、世界中の、どんな人も。しかし、私たちはふだん、その事実を忘れて生きている。

今年7月、著名な方の訃報が相次いだ。評論家の山田五郎さん、そして作家の東野圭吾さん。それぞれの人生から、私たちは何を受け取るのだろう。

山田五郎さんとは、番組などで何回かご一緒した。美術についての造詣と愛が深く、ご自身の見解を軽妙に語るその姿が印象的だった。また、東野圭吾さんは文学賞のパーティーなどでお目にかかったが、たくさんのベストセラーを出してもなお、精進を続けられる生き方に感銘を受けた。

著名人の生と死は、私たちに強い印象を与える。山田五郎さんも、東野圭吾さんも、生涯を通して努力を続け、また、最期まで仕事をされていた。山田五郎さんは病を公表したうえでテレビ番組やユーチューブで活動し、東野圭吾さんは小説を書き続けられた。お2人の生き方に、強く感銘を受け、自分の人生を改めて考えたという人も多いのではないか。

人は、生涯を振り返ったときに初めてその生き方がわかるとも言える。昭和を代表する文芸評論家、小林秀雄はその随筆『無常といふ事』の中で、「生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな」という有名な言葉を記した。

私たちは、生きている間、あがき続けている。まさに、どう転ぶかわからない、一種の動物である。だからこそ、一生懸命考えて、いろいろ工夫して、生きている。経済学者のケインズが言った「アニマルスピリッツ」こそが、私たちの生きる原動力である。

そのような人生の履歴が、いったん納まって、時が経つにつれて、その生きてきた意味のようなことが次第に見えてくる。私たちという動物は、一生懸命生きていくその中で、人間としての意味をつかんでいくのだ。

アップルの創業者で、マッキントッシュやアイフォンなど多くの画期的な商品を世に送り出したスティーヴ・ジョブズ。スタンフォード大学の卒業式のスピーチで、次のような趣旨のことを話して、多くの人に感銘を与えた。「もし、今日があなたの人生の最後の日だとして、今やっていることを続けるか?

もしその答えがノーだという日が連続したら、何かを変えたほうがいいかもしれない」

私たちは、確かに、いつこの世を去るかわからない。だから、悔いがないように、毎日を生きたい。いつも、今日が最後の一日かもしれないという自覚を持つことは大切だ。

(写真=iStock)

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