海外エコノミストも首を傾げる矛盾した論理
現在、高市早苗政権が掲げるマクロ経済マネジメントの仕組みには、非常に不明確な部分が多く、不安を感じざるをえません。「責任ある積極財政」という言葉が先行し、「日本列島を強く豊かにする」というスローガンが語られています。確かに、過去の停滞から抜け出し、国を豊かにしなければならないという方向性は国民の願いでしょう。しかし、そのために具体的にどのような政策をとるのか、中身が見えてこないのです。
経済学者、慶應義塾大学名誉教授。1951年、和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒業。博士(経済学)。小泉内閣で経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣を歴任。
7月21日、高市政権下で初めての「骨太の方針」が示されましたが、その内容はなかなか巧妙な玉虫色に書かれており、実体がよく見えません。具体的にどの程度の規模の歳出を行い、どれほどの国債を新規に発行するのか、マクロのマネジメントの方針が明確ではないというのが第一の懸念です。
そもそも、私は「積極財政」という言葉そのものに強い疑問を持っています。現在、財政拡大を主張する政治家たちの背後には、「これまでの財務省がケチケチと緊縮財政をやってきたから日本経済は駄目になったのだ」というネットを中心とした世論があります。しかし、これは事実と異なります。
日本の一般会計の規模を見れば一目瞭然です。小泉内閣の時代、一般会計の規模は83兆〜84兆円程度でした。それが岸田文雄政権では112兆円を突破し、現在では120兆円を超えており、約1.5倍に膨れ上がっています。この間の名目GDPの伸び率は2割程度にすぎないにもかかわらず、GDPに比べて財政規模は凄まじい勢いで拡大してきたのです。過去20年間、日本はすでに十分すぎるほどの「積極財政」をやってきたというのが現実です。財務省の力で緊縮財政が続いてきたという主張は理解できません。事実としてあるのは、膨張した財政資金が有効に使われてこなかったということです。であれば、「積極財政」ではなく、「責任ある効率財政」と呼ぶべきではないでしょうか。
また、こうした不明確なマクロマネジメントに対し、マーケットは非常に微妙な反応を示しています。今年のダボス会議での出来事が象徴的です。日本側から「積極財政をやり、日本をもっと活性化する」というポジティブな発言がなされた直後、フロアから「金利が上がっているがどうするのか」という質問が飛びました。それに対し、日本側は「今年はプライマリーバランスがプラスになる可能性もあり、不健全ではない」と答えたのです。これを聞いていたアメリカのエコノミストの友人たちは、「あのアナウンスは矛盾している」と首を傾げていました。積極財政で国債を増発して需要を刺激すると示唆しながら、財政は健全化に向かっていると説明するのは、明らかに論理矛盾です。
さらに注目すべきは、今回「骨太の方針」と同時に異例の「中長期の経済財政に関する試算(中長期試算)」が発表されたことです。通常、中長期試算は予算編成時や内閣府の年央試算に合わせて出されるものであり、骨太と同時に出されるのは異例です。これは、自民党内にある「財政を拡大しろ」という圧力と、「慎重にやれ」という圧力の両方に配慮し、複数のシナリオを見せて玉虫色にするためのパフォーマンスと推察されます。
しかも、この試算には一つの注目点があります。税収のGDP弾性値を「1」と見込んでいるのです。GDPが1%伸びれば税収も1%伸びるという計算ですが、実際の弾性値は1をはるかに上回るはずです。つまり、税収を過少に見積もって、結果的に歳出が拡大しても対応できるという意図が透けて見えます。
小泉純一郎政権時代に経済財政政策担当大臣だった私などが「骨太の方針」の基本を作った本来の意図は、昭和型の「官僚主導の密室での予算決定」を打破することにありました。予算編成の前に、総理官邸主導で政策の大きな方向性をオープンに議論して決定し、財務省にはそれに従って粛々と予算をつけさせる仕組みを作ったのです。しかし、今の骨太の方針は、明確な政治のリーダーシップが見えない中で執筆者が各方面に配慮して非常に苦労して微細な書きぶりになっていると感じられます。重要な成長戦略の詳細などは年末の予算編成時に先送りされており、これは完全に「昭和型の政策決定プロセス」への回帰だと言わざるをえません。
「改革なくして成長なし」その精神はどこへ
経済政策において最も重要なのは、小泉元総理が掲げた「改革なくして成長なし」という精神です。しかし、今回の骨太にはその「改革」が十分見当たりません。例えば、深刻な人手不足が叫ばれているにもかかわらず、本質的な労働市場の改革が行われていません。労働力不足を補うためには、なし崩し的に外国人を受け入れて長期滞在させるような「隠れた非公式移民」ではなく、明確なルールに基づいたきちんとした移民政策が必要です。フランスのように「最低賃金の3倍以上を稼げる人材」に限定するなど、日本であれば「平均所得以上を稼げる人材」には長期滞在を認めるといった、国益にかなう制度設計が不可欠なのに、その手当が手付かずのままです。
今回打ち出された「17分野に対する370兆円の官民協調の成長戦略」にも大きな疑問があります。
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