カシオ計算機は2026年4月、税込9万9000円の漆塗り電卓を発売した。社内では「高すぎる」「売れるわけがない」と反対の声も上がったが、限定650台で、国内販売分は約1カ月半で完売し、海外でも完売する国が相次いだ。スマートフォンで手軽に計算できる時代に、なぜカシオは“高級電卓”をつくったのか。ライターの森田浩明さんが、担当者2人に取材した――。
佐藤智昭・教育事業部長と漆電卓の商品企画を担当した野村美月さん
筆者撮影
佐藤智昭・教育事業部長と漆電卓の商品企画を担当した野村美月さん

国内分は約1カ月半で完売

計算したいのならスマートフォンを取り出せば答えが出せる。電卓を使わずに済む時代だ。電卓を日常的に持ち歩く人は、今ではほとんど見かけなくなった。そんな時代に、カシオ計算機は約10万円という前代未聞の電卓を発売した。

山形県東根市の工場で組み立てた最高級モデル「S100X」シリーズをベースに、日本の伝統工芸である漆塗りを施した限定650台のプレミアム電卓「S100X-JC1-U」は、税込9万9000円。

約10万円という高価格の電卓「S100X-JC1-U」
写真=カシオ計算機提供
約10万円という高価格の電卓「S100X-JC1-U」

「電卓に10万円? そんなもの売れるのか?」。発表があると、驚きの声が相次いだ。

ところが、国内では2026年4月の発売から約1カ月半で完売。海外でも完売する国が相次いだ。当初は1年ほどかけて販売する想定だったが、それを大きく上回るペースだったという。

電卓の市場規模は確かに縮小している。そんななか、カシオが勝負に出たのはなぜか。勝算はあったのか。

佐藤智昭・教育事業部長。約10万円の漆電卓プロジェクトを主導した
筆者撮影
佐藤智昭・教育事業部長。約10万円の漆電卓プロジェクトを主導した

「電卓は売れなくなる」と言われ続けてきた

「実は、電卓は何度も『売れなくなる』と言われてきた商品なんです」とカシオ計算機 執行役員・教育事業部長の佐藤智昭さんは話す。

「Windows95が出たときも、スマホが浸透し始めたときもそうでした。電卓は不要になるのではないか、と」

しかし、その予測は外れた。市場全体で見ればかつてほどの勢いはないものの、電卓の需要は途絶えていない。

「実際に数字を扱う仕事では、今でも多彩な専用機が選ばれています。会計士や税理士の方、金融機関、経理部門……。1日に何百回、何千回と計算する人たちにとっては、スマートフォンでは使いづらく生産性が下がってしまうようです」

本社の展示室に並ぶ歴代の計算機たち。カシオ計算機では現在も多彩な電卓を展開している
筆者撮影
本社の展示室に並ぶ歴代の計算機たち。カシオ計算機では現在も多彩な電卓を展開している

たとえば、入力する速さ。キーを見なくても打てる配列。入力ミスの少なさ。画面を切り替えずに計算に集中できる操作性。こうした細かな違いは、数回計算する程度では感じにくいだろうが、一日中数字を扱う人ほどその差は大きくなるという。

「仕事で必要とされる道具として使われている以上は速く、正確に、疲れず操作できることが重要になります。そういう意味では、スマートフォンと電卓は似ているようで、求められている価値が違うのです」