出版業界には、ひとつのジンクスがある。幕末や戦国の作品に比べて、明治をテーマにした本は売れにくい……。

大手書店に勤務した経験を持つ作家の守屋淳さんは、そのジンクスを誰よりも知っていた。それでも“逆張り”した理由をこう説明する。

守屋 淳(もりや・あつし)
守屋 淳(もりや・あつし)●作家。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、『孫子』『論語』など中国古典の知恵を現代に活かす執筆・講演を行う。グロービス経営大学院特任教授。著訳書に『現代語訳 論語と算盤』ほか。

「AI革命によって、ビジネスや社会の大転換が迫られる現代に対し、明治は近代産業の勃興期でした。“乱世”を生き抜いた明治実業家に、現代に通じるヒントがあるのではないかと考えたのです」

本書では三菱グループの祖・岩崎弥太郎、一代で財閥を築いた大倉喜八郎ら実業家9人の生き方と経営手法が描かれる。まず登場するのが、約500の会社の立ち上げに関わった渋沢栄一だ。

「強欲な資本主義に歯止めがかからない現状に危機感を抱く海外の研究者の間で、渋沢への関心が高まっています。それは、渋沢がトレードオフになりかねない『人々の幸せ』と『金儲け』という2つの価値観――『論語と算盤』を両立した実業家だからです」

守屋さんは、渋沢をひとつの軸に、専門とする中国古典を手がかりにして実業家の人柄やビジネスの手法に迫る。『論語』を叩き込まれた渋沢は、人々の暮らしを支えるインフラ事業を数多く手がけた。

一方、岩崎弥太郎は『孫子』などの兵法書から、ライバルの弱点を突く方策を学ぶ。

海運事業に乗り出した三菱の前に立ちはだかったのが、政府肝いりの郵便蒸気船会社。しかし従業員の横柄な態度が乗客や荷主に不評だった。そこに勝機を見出した弥太郎は、従業員に丁寧な接客を徹底させ、ライバルに勝つ。

「明治は、現代のように情報が氾濫する時代ではありません。明治実業家は一冊の本を身体に刻み込むように読んだ。それが、その人の生き方の芯になっていったのです」

興味深いのは、行動と知識を一致させる「知行合一」を実践した大倉喜八郎である。

(インタビュー・文=山川 徹 撮影=小西範和)

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