テスラやBYDが電気自動車(EV)を量産する中、開発に慎重な姿勢を見せたトヨタ自動車は批判を浴びた。あれから数年後、日本や欧米のEV市場は停滞している。この間、トヨタはEV開発以上に何に力を注いできたのか。『PRESIDENT』で「トヨタ物語」を連載するノンフィクション作家の野地秩嘉さんが、7月に開かれた「タテシナ会議」に迫った――。
2025年12月5日、静岡県裾野市の「ウーブン・シティ」で開催された新型スポーツモデルのワールドプレミアで、スピーチするトヨタ自動車の豊田章男会長
写真=AFP/時事通信フォト
2025年12月5日、静岡県裾野市の「ウーブン・シティ」で開催された新型スポーツモデルのワールドプレミアで、スピーチするトヨタ自動車の豊田章男会長

自動車メーカー各社、損保の社長が集まる会議

毎年、7月中旬になると長野県茅野市蓼科高原にあるテラス蓼科で「タテシナ会議」が開かれる。取材に来るマスメディアはこれまで同会議を「交通安全を祈願するための集まり」としか伝えてこなかった。だが、実際は違う。そこで語られるのはトヨタと日本の自動車産業が目指す交通安全社会についてだ。

参加している経営トップは交通安全と交通事故ゼロのための具体的な方策を語り合う。会議の参加者は交通安全のための技術についても語るのだが、聞いていると、それは私が思うに、日本最先端の技術で自動運転に関わるそれだ。インフラ整備と自動運転が結びつけば、より安全性を高めることができる。

夏の蓼科では、自動運転が実現する近未来のモビリティ社会が語られていた。

タテシナ会議に参加しているのはトヨタのトップと幹部役員、スズキ、マツダ、スバルのトップ、トヨタグループ各社首脳、トヨタの仕入先とトヨタ販売店協会代表、日本自動車工業会代表、自転車メーカー、損害保険会社の会長、社長だ。日本のモビリティ産業に関わるトップだけが参加できる会議なのである。

同じ日、同会議の会場に隣接する寺、蓼科山聖光寺では交通事故ゼロを願う夏季大祭が催される。聖光寺は1970年、トヨタ自動車販売とその思いに賛同した全国のトヨタ販売店が施主として建立した寺だ。

トヨタは聖光寺創建以来、交通事故ゼロを願い続けてきた。その悲願がいまEV開発以上に注力する交通安全技術に結実しようとしている。

「日本はEVで敗戦した」は本当か?

世界の自動車会社はEV化を断念したわけではない。EV開発の速度を落としただけだ。そして、BYDに代表されるBEV専業会社は開発スピードを上げ、バッテリーの性能向上を追求している。それが大勢だ。自動車のニュースや論評を読むと、「日本の自動車産業はEVで敗戦した」「BEVとバッテリーの量産能力を有する中国が未来の自動車産業を制する」といった予測が少なくない。

世界の自動車会社はパワートレーンのEV化を至上目的とするように見える。トヨタはそれを見据えているのだろうが、目指しているのは、他社とは違う「クルマと人の到達点」だと思われる。

それが交通安全だ。寺院を建立し、産業界のトップが参加する会議を開き、交通安全を追求してきた。

具体的な行動は次のようなものだ。車に搭載した安全技術の向上。それに加えて、コネクティッド・カーを開発し、走行させて交通安全に有用なデータを取得してきた。人の交通安全に関わる意識を向上させるため、全国にあるトヨタの販売会社と協同して子どもたちから高齢者まで交通安全教育を実施するなどの施策を行ってきた。交通インフラも進化させようとしている。道路、信号といったもののアップデートとスマート化に力を入れてきた。車両自体の交通安全技術、人の意識、交通インフラの整備という3つの基盤を着実に前に進めてきたのである。そして、思えばこの3つはすべて自動運転技術に直結する。