リスクテイクなくして勝利なし…日本経済が競争力を取り戻すための「組織&人材」戦略

長く続いたデフレが収束し、久しぶりの株高に沸く日本経済。しかし低成長が続いた「失われた30年」のうちに世界との差は開いてしまった。「今や日本は先進国から脱落しかけている」と警鐘を鳴らすのは、東京大学名誉教授で国際金融を専門とする荒巻健二氏だ。日本経済が再び離陸するために取るべき道とは?

世界首位から急低下、日本は「先進国」から脱落しかけている!

1989年から92年にかけ、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が編集する『世界競争力年鑑』において、日本は世界のトップに君臨していました。しかし直近では30位と、国際競争力でマレーシアやベトナムより下と評価されています。また1人当たりのGDPで見ても、日本は95年には米国の1・6倍ありましたが、2025年には米国の4割に下落し、韓国や台湾の後塵を拝しています。こうしたデータが示す通り、日本は今や先進国から脱落しかけていると見るべきです。

まずはこの現実を直視することから始めなくてはなりません。日本はなぜ今のような状況に陥り、それを覆すために、私たちは何をすればいいのでしょうか。

荒巻健二 Kenji Aramaki
1952年生まれ。一橋大学社会学部・法学部卒業。大蔵省(現財務省)、オックスフォード大学大学院留学、IMF勤務などを経て東京大学教授に就任。ロンドン大学客員教授、東京女子大学特任教授などを経て現職。専門は国際金融。著書に『日本経済長期低迷の構造』、『君たち文系はどう生きるか』などがある。撮影=遠藤素子

バブル崩壊後の1990年代初頭からの低成長期を「失われた30年」と呼びますが、とりわけ顕著に企業行動が変わったのは、97~98年の金融危機がきっかけです。大手金融機関の破綻という戦後経験したことのない非常事態に直面したことで企業行動は劇的に変化し、資産の売却や借り入れの返済、研究開発投資・設備投資・採用・賃金の抑制に走ります。

こうした「非常時」対応は短期的にはやむを得ない面がありますが、問題なのは、2004~05年に至って過剰な資産や負債の削減が一通り完了し、バランスシートがバブル以前の状態に戻ってからも、委縮した経営姿勢が変わらなかったことです。

日本経済が「平時」に移行してからも、企業が予測する期待成長率は低いまま。そのため設備投資は増えず、賃金も伸びず、結果としてデフレと低成長の悪循環を起こしてしまいました。驚くべきことに、1990年代後半以降、日本の企業全体の機械・設備等の有形固定資産(土地を除く)は14年にわたり、また名目賃金は16年にわたり減少を続けました。

その間、中国などの新興国経済は急成長を遂げ、中国のGDPは2010年に日本を上回ります。新興国の成長率が高いのは当たり前だと思われるかもしれませんが、IMFのデータでは先進国でさえ00年代に入ってからも平均して2%近く成長しているのです。それに対して日本の成長率はその半分にも満たない0%台後半。世界GDPに占める日本のシェアは1995年の18%弱から2025年には3%台後半へと落ち、存在感は急落しています。人口減少が原因とする見方もありますが、人口動態が似た国よりも低成長です。

13年以降はアベノミクスが開始され、日本経済はデフレ状況から脱し、設備投資が増加、名目賃金も上昇に転じるなど前向きの動きが生まれています。しかし、正念場はこれからです。

競争力を回復するための「3つの提言」

「失われた30年」を「失われた40年」にしないために、とりわけ民間企業はどう行動したらいいのでしょうか。

日本経済の長期にわたる停滞の原因は、競争性の劣化に尽きます。競争性の回復に向けた企業の行動こそが今後の日本経済の浮沈を決めるでしょう。

日本企業の取るべき戦略について「3つの提言」をしたいと思います。

第1は、積極的な技術開発投資です。新しい技術は企業が世界と戦う上での最大の武器ですが、文科省の調査では、日本企業の研究開発費(自国通貨建て、実質)は00年から23年までに5割増えていますが、この間米国は2・2倍、韓国は5・8倍、中国は23・4倍になっています。基礎研究の9割は無駄になるといわれますが、それでも明日の競争力の源泉となる技術開発にリスクを取って取り組まなくてはなりません。

第2は保守的・官僚的な姿勢を捨て、俊敏で挑戦的な組織を作ることです。世界27カ国1500社以上の企業を対象にした蟻川靖浩早大准教授らの研究(2017)では、日本企業のリスクテイク志向は世界最低水準にとどまり、収益性も最下位となっています。また、IMDの「世界デジタル競争力ランキング2025」で、日本企業の俊敏性は世界69カ国中最下位です。完璧な計画をつくってからではなく、まずは小さく実施し走りながら修正する俊敏性、それを可能とする組織のフラット化、個々の事業の独立性向上と決断のスピードの迅速化、失敗を許容する組織文化づくりを進めなければなりません。

第3は、人材育成です。資源のない日本が目指すのは人材立国しかありません。現在働き方改革が進んでいますが、働きやすさだけの追求に終わらず、生産性を高める働き方改革を並行して行わなくてはなりません。年功序列型賃金の廃止、同一労働同一賃金の徹底、定年制の見直し(意欲・能力ある高齢者の活用)、出産・子育てがキャリア形成を阻害しない仕組みの導入などやるべきことは山積みです。

こうした改革を実現するには強いリーダーシップを持つプロフェッショナルな経営者が不可欠です。その裾野を広げるためにも若手の登用が重要です。世界の主要上場企業を対象とした調査で、日本の新任CEOの中央年齢は世界平均よりも7歳高く、他国・地域と比べ最も高いというデータがあります。企業は事業ごとに組織を独立させ、若手に決定権を与えるといった方策により、将来リーダーとなるべき人材を育てていくことが望まれます。

目指すべき方向は「個を強化した組織力」

競争性の強化は企業だけでできるものではありません。個々の日本人が自ら成長を望まなければ、人材は育ってゆきません。

その点で心配になるデータもあります。日本の新入社員対象のアンケートでは、直近では約7割の人たちが終身雇用を、半数以上が年功序列を望んでおり、若い世代が安定志向を強めている印象が強いのです。

サッカー日本代表の元監督、イビチャ・オシム氏は著書『日本人よ!』の中で、「現在、日本人は非常に高い生活水準を保っているが、それは勤勉だった先代が作ってきた生活水準を今の人々が享受しているだけなのではないか」と厳しい意見を述べています。

日本人は今も勤勉だとの見方もありますが、与えられた職務への受け身的勤勉さにとどまらず、能動的に競争性・生産性を高めていかなければ安全で豊かな日本は次世代に引き継げません。

サッカー日本代表選手とスタッフたち
「個を強化した組織力」を存分に見せてくれたサッカー日本代表。北中米W杯でスウェーデン戦後にピッチに集まる選手とスタッフたち。写真=時事通信フォト

個人として競争力を高めるには、自分の専門分野を持つことが重要です。自助自立を念頭に、どこでも生きていけることを目指すのが理想です。ただ「人生の決め打ちはできない」のが現実で、「こういう仕事をしたい」と思っても、それがかなうとは限りません。特にAIの進化で若い人のキャリア形成の道筋も足元で変化し、一つの専門で生涯にわたり安定的なキャリアが築けるか不確実です。

そうである以上、その時その時に与えられた仕事に全身全霊で取り組み、守備範囲を広げていくことが有効であると思います。また同時に生産者としての人間の究極の価値は、何が問題か、どうすればよいのかを考えていく思考力にあることを心に留めておいて欲しいと思います。専門性と思考力、これが不確実な時代を生き抜く道です。

ただ、日本人の強みが他者との協働ができることにあることを忘れないでほしいと思います。「個を強化した組織力」こそ日本が目指すべき方向です。

先日の北中米ワールドカップで、サッカー日本代表は強豪のブラジルやオランダと紙一重の接戦を繰り広げました。世界の競争の場に飛び込み、個としての力を付け、しかもチームのために最後まで全力で戦う素晴らしい選手たちでした。彼らのような若い人がスポーツのみならず、ビジネスや政治など他の分野にもどんどん出てきて、日本や日本企業を引っ張っていってくれることを心から望んでいます。

(構成=久保田正志)