昼前に「完売」、それでも拡大しない

店は朝9時から夕方6時までの営業だが、「売り切れ次第終了」となるため、夕方まで開いていることはほとんどない。その日の生産分を作り終えるとすぐに売り切れてしまうことも。おおよそ平日の営業は午後2〜3時まで、土・日曜は昼前に閉店してしまうこともある。

箱入りの饅頭
筆者撮影
営業時間は朝9時から夕方6時までだが、土日は昼前に売り切れ→閉店となることもあるという

「翌日の予約のためには本来開けておくべきなんですが、みんな疲れ切ってできないんです。『完売です』の札が立ち、カーテンが閉まっていたら閉店です」

以前は年中無休だったが、スタッフの体調を守るため、現在は週1回ほど不定休を設けている。

人や機械を増やし、商品や店舗を広げれば、売り上げは伸ばせる。それでも正博さんが拡大を選ばない理由は、代々受け継がれた家訓にあった。

「親父、おじいさん、ひいじいさんからの伝言は、『湯乃花饅頭の名前はほかでも使っていい。でも、まんじゅうのレシピは秘密にしなさい』というものでした。『細く、長く』。それが家訓です」と正博さんは語る。

店を増やすほど、レシピが漏れる

機械化して自動にすればいいという営業の売り込みはしょっちゅう来るという。それでも家訓を守るために、機械化せず、店を増やさない選択をしてきた。

「お客さんも含めて、周囲からは、店を出せばいいと言われたこともありました。でも、10店作ればレシピを知る人は10人になる。そうすると、レシピが漏れてしまう。家訓から外れてしまうんです」

現在、門外不出のまんじゅうのレシピを知るのは、正博さん、息子さん、そして12年勤めるスタッフの3人だけという。効率が悪くても、売り上げが大きく伸びなくても、一つの店で地道に手作りする。その姿勢こそが勝月堂の核になっている。

スタッフ
筆者撮影
元パティシエの経歴をもつスタッフもいる
バートルさんと正博さん
筆者撮影
12年勤めるモンゴル人スタッフ・バートルさんは正博さんの信頼も厚い。正博さんが製菓学校に通ったときに出会ったのがバートルさんの彼女。のちに結婚した2人から「外国人雇用では給料が安すぎて生活できない」と相談されたのがきっかけで、勝月堂の正社員に

「116年前の味が通用するわけですよ。若い子が『おいしい、おいしい』と言って食べてくれる。そう考えると、ひいじいさんは大したものだなと思います」

あんこや蜜は、創業当時から使い続けている釜で今も炊いている。変えたのは、薪から灯油、そして現在はガスの火に切り替わったことくらいだ。

売り上げを伸ばすことよりも、門外不出のレシピを守り続ける。その姿勢が勝月堂の価値を高め、いまの人気へとつながっている。「細く、長く」という家訓は目先の利潤に翻弄されず、時代や流行が移り変わっても通用する、本質を捉えた教えだったわけである。