日持ちしない、売り切れる…それでもやり方を変えない

「手の熱がタネに伝わると、まんじゅうの色やふけ具合(蒸したあとの膨らみ)が変わってしまうので、なるべく手早く丸めるのがポイント。その日の天候や湿度でも微妙に変わります」

機械で作るまんじゅうと違い、勝月堂のまんじゅうはふっくらと丸いドーム型。手作りゆえに形も餡の入り方も一つずつ違う。そして何より、日持ちがしない。保存料などが使われていないため、消費期限は「翌日まで」だ。

「本当はその日じゅうに食べてもらうのが一番です。時間が経つほど硬くなり、おいしくなくなっていく。だから、翌日までとしています」

ふかしたての饅頭
筆者撮影
バラは1個140円。箱は6個入り950円で、12個入りは1850円、24個入りなら3600円(2026年8月取材時点)

手作りにこだわるほど日持ちは短くなり、売り切れで買えない人も出てきてしまう。それでもこの店の商品は手作りの「湯乃花饅頭」一つだけ。あんこもこし餡1種類だ。

行列ができたり、売り切れたりしないためには、機械を入れて作る量を増やせばいい。多店舗展開すれば売り上げも上がる。それは正博さんも十分に分かっている。それでも、やらない。勝月堂はその道を選んでこなかった。

では、なぜ勝月堂は、売り切れても規模を広げないのか。答えは、店の歴史と、銀行員から4代目になった正博さんの歩みにある。

曽祖父が考案“伊香保温泉の色”のまんじゅう

「湯乃花饅頭」を考案したのは曽祖父・勝三かつぞうさん。明治の中頃の生まれ。15、16歳で和菓子職人を志し、東京の「凮月堂」で約10年修業した。

その後、妻・ときさんと郷里の伊香保温泉に戻る。店は持たず、かるめ焼や団子を入れた竹製の大きな行李こうりを背負い、旅館を回る行商で生計を立てていた。

転機は、隣に住んでいた伊香保電気軌道に勤める須田逸平さんの提案だった。伊香保電気軌道は明治~昭和時代に渋川-伊香保を結んだ山岳路面電車で、伊香保温泉の発展を支えた会社だ。須田さんは江ノ島土産の「片瀬まんじゅう」を手渡しながら、「伊香保には名物がない。半田さん、名物を作ってみないかい」と声をかけたのだ。勝三さんが考えたのは、鉄分を多く含む伊香保温泉の「黄金の湯」の色を模し、皮を淡い茶色に仕上げたまんじゅうだったそうだ。

饅頭の断面
筆者撮影
考案したのは曽祖父。伊香保温泉の「黄金の湯」の色を模し、皮を淡い茶色に仕上げたという

「通常の黒糖まんじゅうのレシピでは伊香保温泉の色にならないんです。普通に作ると黒糖の色が勝って、かなり黒くなってしまうので」と正博さん。秘密は、代々受け継がれてきたレシピに隠されている。

まんじゅうは評判を呼んだ。行商から始めた曽祖父は、昭和初期になると木造6階建ての本店を構えるまでになる。宮大工の手によるこの近代建築物は、いまもひと目見ようと立ち寄る人がいるほど。「まんじゅうで建てた“まんじゅう御殿”ですね」と正博さんは口元をゆるめた。