景気が良くても悪くても「細く、長く」
正博さんは、伊香保温泉の移り変わりをつぶさに見てきた。
昭和30〜40年代の高度経済成長期には伊香保温泉には温泉まんじゅう店は15店ほどあり、全国的にも「温泉地でまんじゅうを売れば儲かる」というサクセスストーリーがささやかれていた。
「いい時はドーンと儲かりますが、何かあると一気に縮小するんです」。売れるに従って店は増えたが、うまくいかずに潰れた店も多かった。
銀行員として、手を広げすぎて行き詰まる会社を数字の側から見続けてきた人でもある。無くなった店の理由を尋ねると、「一言でいうと、『手を広げすぎて、まんじゅう店同士の競争が激しくなった』でしょうか。きつい言葉でいうと『儲けようと、欲が深かった』」。
温泉街の姿も、この半世紀で大きく変わった。高度経済成長からバブル期にかけては、大型旅館がラーメン店やスナック、土産物店まで内包し、旅館と土産物店の関係は良くなかった。
「お客さんは宿の外に出ず、伊香保の良さを知らないまま帰ってしまったんです。でも旅館側も『これじゃいけない』と気づき始めたんですね」
現在は企業の宴会が減り、家族連れやカップルなど個人旅行が増えた。その変化により、自然散策や勝月堂のような小さな店が見直されたという。
「最後は冒険してみようかな、何をやるかはヒミツ」
正博さんは時代の潮目が変わったと感じている。
「ここ10年くらいで食の安全性や健康が重視されてきて、味にこだわるうちのやり方が、脚光を浴びるようになってきました。『細く、長く』が時代に合ってきたのかもしれません」
これまでの歩みを「自分は先祖が引いてくれたレールの上を走っているだけ」と謙遜しつつも、こう続ける。
「線路の上をスピード調節だけしてるんじゃ、やっぱり男としてはつまんねえな」
まんじゅう店に戻って20年。これからのことを聞いてみると、ちょっとはにかみながら、目を細めてこう話してくれた。
「家訓は守りながらも、生きている証として、最後は冒険をしてみようかな。何をやるかは、まんじゅうのレシピ同様、ヒミツだけどね」



