ファクトを示し、事業転換を図る
とかく人は変化を嫌がる生き物です。仕事のやり方や内容が変わると、大きなストレスがかかるしリスクも伴うので、社員はきっと反対するでしょう。しかし、時代の流れに合わせて経営を変革することは必要不可欠であり、そうした組織内の“潜在意識の壁”を打ち破るため、私は時として苦言を呈することがあります。
たとえば当社は2015年、保険会社として初めて介護事業に本格参入したのですが、それを表明した当初、社内外から激しい抵抗を受けました。「競合がひしめく“レッドオーシャン”の分野に出て勝算があるのか」「介護会社では保険会社でのキャリアが生かせない」など、不安や不満の声があがりました。当時、不祥事が発覚していた介護サービス大手のメッセージを16年に買収した際は、「このまま介護事業を進めて大丈夫なのか」といった異論も出ました。
私はその都度、「そんなことはない。十分に勝算はあるので理解してほしい」と言い続けました。そのなかで大切にしたのが、「このままでは生き残っていけなくなる」という強い危機感を、具体的なファクト(事実)を示しながら語ることだったのです。
まず、国内市場の縮小です。今後、人口が減っていけば、損保事業の成長は頭打ちになるのが確実です。デジタル技術の進展による異業種との競合に加え、自動運転技術の発達によって交通事故のリスクが激減するためです。
次に、「保険」におけるお客さまとの接点の少なさです。主力の自動車保険では、保険金を年間に支払うケースは契約件数の約1割です。つまり、損保加入のメリットを実感するお客さまは、ごく一握りしかいません。しかも、保険金を受け取るのは、お客さまに災害や事故などの“不幸”があったときに限られる。SNSでつながる今の時代、お客さまと日常的に接しなければ、ビジネスで後手に回ってしまいます。イザというときにしかタッチポイントがなく、お客さまに親しみを持たれていない現状では、「損保離れ」が加速しかねません。
そうした2つのファクトを説明した後、私は「介護事業には将来性がある」というストーリー(考え方)を次のように主張しました。