苦労して成果を残した事業を売却する

厳しい内容の話を伝えようとすると、相手の人のなかには自分の心を閉ざして言いたいことも言わず、口をつぐんでしまう人が少なからずいます。ですから私がより厳しい内容の話をする際に最も心を砕いているのが、「声なき声」を上げている人のことも考えながら、言葉の一つひとつに「言霊」を宿らせることなのです。言葉に自分の気持ちを込めます。すると、その言葉は自然と重みを持ち、相手に伝わりやすくなります。

アサヒグループHD 代表取締役社長兼CEO 小路明善氏

トップの大きな役割の1つが「トップディシジョン」で、トップ自身にしかできない経営上の決定事項がたくさんあります。とはいえ、決定事項を実行に移そうと、言葉巧みに社員やビジネスパートナーといったステークホルダーを説得しようとしても、それだけでは彼らの心は動きません。経営判断を下す際、トップは腹をくくる必要があります。その覚悟があってこそ、トップの言葉は言霊となり、ステークホルダーの心を揺さぶるのです。

そしてトップディシジョンには、ステークホルダーにとってグッドニュースだけでなく、バッドニュースも含まれます。私が2016年に当社社長に就任してから、最も厳しいディシジョンを迫られたのは、事業ポートフォリオの再構築に伴ってコア以外の事業からの撤退を決めたときでした。

当社は、事業見直しによる選択と集中を進め、海外事業に活路を求めました。とりわけ、欧州事業では1兆2000億円以上を投じて、イタリアのペローニといった有名ビールメーカーも傘下に収めました。その結果、現在では売り上げの約30%、利益の約40%を海外事業が稼ぐまでになったのです。

その半面、17~18年にトータルで2000億円規模の事業売却やジョイントベンチャーの解消も実施しました。撤退した事業のなかには、成長を続け、黒字化していたものも少なくありません。苦労して事業を育てた現場の社員やビジネスパートナーの間からは、「うまくいっているのに、なぜ事業を売却するのか」という不平や不満が、当然のように湧き起こりました。