人気店なのに店を拡大しない理由

老祥記は人気店である。これだけの行列ができるのなら、南京町の内外にもっと大きな店を構えたらよいのではないか。そして豚まんにとどまらず、さまざまな中華料理を店内で味わったり、テイクアウトしたりできるようにすれば、もっと売り上げが伸びるのではないか。

老祥記のある神戸・南京町の中心付近にある南京町広場
老祥記のある神戸・南京町の中心付近にある南京町広場(2022年12月9日撮影、写真=inunami/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

だが、それは無理なのだという。たしかに初代の松琪は腕のよい料理人だった。しかし、その後を継いだ妻の千代、2代目の穂昇以降の曹家の人たちはそもそも料理人ではない。豚まんのつくり方は仕込まれているが、それ以外の料理をおいしくつくる腕があるわけではない。

外から有名シェフを招いて、老祥記を大きなレストランとする展開はあり得る。しかしその先の老祥記の未来は、この有名シェフに任せることになる。曹家の人たちはこのシェフの腕を信じるしかなく、その料理をコントロールする知見は持ち合わせていない。

では、豚まんの専門店を南京町の外に展開していくというアプローチはどうか。蒸し終わった豚まんを南京町から配送して販売できるのは、近距離の店舗に限られる。このアプローチについてはすでに対応ずみであり、老祥記は店で蒸し上げた豚まんを神戸市内の百貨店などに卸している。

南京町だからこそ創業以来の味を守れる

その先のより広いエリアでの展開の壁となるのが、老祥記の豚まんの味を支える麹の発酵のデリケートさである。麹の発酵は、風土や環境による変化が大きく、品質を安定させるのが難しい。

南京町の店については、松琪と千代から受け継いできた管理のノウハウの蓄積がある。だが気候などの条件が異なる場所に店を広げれば、老祥記の味を守るためにはこの発酵の問題への取り組みを1からやり直さなければならない。かといって、日持ちのしない豚まんを神戸の南京町から広域に運び、短時間で売り切るのも無理がある。

老祥記は、こうした課題を前に、慌てること焦ることもなく前進を続けている。ひとつの理由は、現時点で老祥記は、すでに小さな高収益企業だからである。老祥記の豚まんは、つくった先から売れていき、毎日完売する。

老祥記の豚まんの原材料は極めてシンプルで、小麦粉、水、牛肉、豚肉、ネギ、醤油である。受け継いできた麹を除けば、特殊な高級食材などを使うわけではない。日持ちがしないのは牛肉、豚肉、ネギで、そのうち牛肉と豚肉は、南京町からほど近い神戸の老舗の精肉店に電話をすれば、10分もすれば持ってきてくれる。在庫を積んでおく必要はなく、南京町で商売をしているかぎり、老祥記が廃棄ロスの問題に悩まされることはない。