ウケ狙いの軽口が取り返しのつかない「大火傷」を招くことがある。イギリスジュエリー市場の約4分の1を売り上げていたラトナーズグループCEOのジェラルド・ラトナーは、聴衆6000人の講演でブラックジョークを言い大ウケしたが、後日株価が下がりに下がり会社を追放されたという。クイズ作家の近藤仁美さんが書いた『世界を変えた「凡ミス」図鑑』(三笠書房)より、紹介する――。
ジュエリー
写真=iStock.com/Mari Franz
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安売り路線で急成長した宝石店

人のキャリアは、ときにひょんなことから始まる。親戚が勝手に写真を送って芸能界に入る人もいれば、某国の副大統領が亡命先で酒屋を経営して大繁盛、なんてこともある。

イギリス生まれの宝石商ジェラルド・ラトナーの場合、キャリアのスタートは学校を退学処分になったことだった。教師たちが突きつけた処分理由は、「バカすぎる」から。勉強に身が入らず、周囲からすっかりさじを投げられていた。

1965年、ジェラルドは15歳で働きはじめた。勤務先は、父が経営していた小さな宝石店だった。

当時の宝石店は、高級志向でハードルが高く、庶民にとっては近づきがたい存在であった。父の店もご多分に漏れず、多店舗展開で成長はしていたのだが、父が亡くなりジェラルドが経営を引き継いだ時点では、グループ全体で年間7000万円弱の赤字を出していた。

しかし、型にはまらなかったジェラルドは、まず従来の宝石店の気取った雰囲気を壊そうと考えた。店を赤やオレンジの派手なポスターで埋め尽くし、「激安!」「全品半額!」などと触れて回った。

BGMも、格調高いクラシックでなく、大音量のポップソングだ。この改革に、同業者は「品がない」と眉をひそめたが、それまで宝石に手が届かなかった若者や労働者たちは、大喜びで受け入れた。

こうして、ジェラルド率いるラトナーズグループは、安売り路線で急成長した。

1980年代には、イギリスジュエリー市場の約4分の1を手に入れ、かつて「バカすぎる」と言われた子どもは、すっかり時代の寵児になっていた。