フジテレビのドラマ撮影現場をめぐり、俳優の橋本愛さんと佐藤二朗さんのトラブルを『週刊文春』が報じ、注目が集まっている。元テレビ東京社員で桜美林大学教授の田淵俊彦さんは「原因は、出演者と向き合えなくなったテレビ局の構造そのものにある」という。番組現場から消えつつある「金にも視聴率にもならない仕事」とは――。

これは「どちらが悪いか」の問題ではない

『週刊文春』の報道によって明らかになった、フジテレビ系ドラマ『夫婦別姓刑事』の撮影現場での橋本愛氏と佐藤二朗氏をめぐる問題。この問題については、多くの論者が「誰が悪かったのか」という観点から論じている。

撮影現場でどんなやり取りがあったのか。佐藤氏の言動には何か問題があったのか。橋本氏の訴えは妥当だったのか。あるいはフジテレビの対応は適切だったのか。もちろん、そうした検証は必要だろう。しかし、長年テレビの現場に身を置いてきた私には、この問題は少し違って見える。

今回の騒動を報じるニュースに接するたび、私は同じことを考えていた。

「私が知っているテレビ局は、こうではなかった」

もちろん、昔のテレビ業界が理想郷だったと言うつもりはない。長時間労働は当たり前だったし、現在の価値観で見れば、問題視されるような慣行も少なくなかった。それでも今との違いを一つ挙げるとすれば、テレビ局には出演者を守るという強い意識が存在していたということである。

私はドラマやドキュメンタリーを中心に37年間、様々な現場を経験してきたが、出演者との間に問題が生じそうになった時、「事務所に任せておこう」と考えたことはほとんどない。まず、自分が動いた。主演俳優と演出家の意見が衝突した時もそうだった。

主演俳優と演出家が衝突したとき、何をするか

演出家は作品全体を見ながら演出意図を語る。一方で、主演俳優はその作品を背負う当事者として現場に立っている。両者とも作品を良くしたいと思っているからこそ、意見がぶつかる。そういう時、私は演出家の意図を尊重しながら、主演俳優と膝を交えて話をした。

主演を務める俳優には、自分が作品を引っ張るのだという自負がある。そのプライドに敬意を払って向き合えば、対立はむしろ信頼関係へと変わる。私の経験上、真正面から本音で話し合って解決できなかったケースはほとんどない。

若手俳優の場合はまた違う。若手は自信と不安を同時に抱えている。本人に「きみなら大丈夫だよ」と励ましても、若手俳優は自分の評価に自信が持てないため、その場では半信半疑で聞いている。

そんな時、私は事務所のマネージャーに別の形で伝える。

「○○さん、いいですよねぇ。あの目がいい」

すると後日、マネージャーが何気ない会話の中で本人に話す。

「田淵さんがこう言ってたよ」

本人からすれば、第三者を通じて伝えられることで評価が客観的なものに感じられる。すると少しずつ自己肯定感が高まり、自信につながっていく。

ドキュメンタリーの海外ロケでは、出演者が不安を感じたり危険な状況を嫌がったりすることもあった。そんな時、私は「とにかくやれ」と押し切ったことはない。まず本人の言い分をじっくり聞く。その上で、「今の状況は実はおいしいんですよ」と相手のメリットを説明する。