『週刊文春』報道の後、『週刊新潮』では佐藤氏が弁護士の関与に違和感を覚えたという趣旨の説明をしている。

その是非をここで論じるつもりはない。私が気になるのは別の点である。本来であれば現場やテレビ局の中で整理されるべき問題が、当事者同士ではなく第三者を介して処理される段階にまで進んでしまったことだ。そこに私は、現場の調整機能の弱体化を見る。

もちろん、外部から断定はできない。しかし、実際に今回の問題は週刊誌報道という形で公になった。そして今も、多くの組織や業界の問題は、内部で解決されるより先に週刊誌報道によって表面化している。それは少なくとも、現場内部で十分な解決に至らなかったことを意味している。

私が若い頃なら、まずプロデューサーが呼び出されていただろう。

「お前は何をしていたんだ」と。

問題が起きたこと自体ではなく、問題がそこで止められなかったことが問われたはずだ。少なくとも、私が現役だった頃のテレビ局ならそうだった。私はそこにテレビ業界の弱体化を見る。

出演者を守れない局は、作品も守れない

視聴率は回復するかもしれない。

広告主も戻ってくるかもしれない。

だが、組織文化や人材は一度失われれば簡単には戻らない。出演者を守る力を失ったテレビ局は、やがて作品を守る力も失う。作品を守れなくなった業界は、最終的に視聴者からの信頼を失う。私が今回の騒動から感じた危機感は、そこにある。

橋本氏と佐藤氏のどちらが正しいのか。その判断は今後の検証に委ねられるべきだろう。しかし、一つだけ確かなことがある。今回露見したのは、単なる番組現場のトラブルではない。

テレビ業界が少しずつ失いつつある「出演者を守る力」そのものなのである。

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