テレビと芸能事務所の関係性に異変
毎日新聞で、私は月一のペースで書評欄を担当している。10月から始めた連載の最初に選んだのは、田崎健太著の『ザ・芸能界 首領たちの告白』(講談社刊)(以降、『ザ・芸能界』)だった。
テレビの発展とともに隆盛を極めた芸能プロダクション(以降、「芸能プロ」)の創業者たち。本書に登場するバーニング周防郁雄、ビーイング長戸大幸、ライジング平哲夫、ホリプロ堀威夫、田辺エージェンシー田邊昭知、レプロ本間憲らと並んで、テレビ局に絶大な影響を与えたのが、旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)のジャニー喜多川とメリー喜多川だ。
しかし、いまのテレビ業界は、旧ジャニーズ事務所が羽振りを利かせていたころとは、激変している。
では、かつてはどうだったのか。
『ザ・芸能界』にも記されているように、芸能プロとテレビ局は、互いに「飴と鞭」のような関係にあった。芸能プロがテレビ局に圧力をかけることもあったし、テレビ局がそっぽを向くこともあった。芸能プロが番組編成に影響を及ぼすこともあれば、テレビ局がキャスティングを拒むこともあった。“どちらかが一方的に支配する”のではなく、案件ごとに力関係が揺れ動く――そういった意味で、両者は均衡していた。
均衡していた力関係
「スター誕生!」をめぐっては、日テレが新人発掘をほぼ独占していた渡辺プロダクション(通称「ナベプロ」)に業を煮やし、これを排除して約40社の芸能プロダクションやレコード会社と共同で番組を立ち上げたという経緯がある。
ナベプロ側も黙っておらず、フジテレビと組んで対抗番組「君こそスターだ!」を制作し、“日テレ vs ナベプロ”の確執が表面化した。これは当時、テレビ局側も芸能プロ側も強いカードを持ち、必要とあれば正面衝突も辞さない関係だったことを示す典型例である。
こうした“局と芸能プロが互いに駆け引きし合う”力学のなかで、芸能プロ各社は新人争奪戦や出演交渉の場面で局に強い姿勢を示すことも多くなってゆく。
そして、時代が下って80年代以降になると、旧ジャニーズ事務所も同じ力学のなかで、「ジャニーが言っている」と無理難題を押しつけたり、「メリーが怒っている」と揺さぶりをかけて相手に“貸し”を作ったりすることを日常的におこなうようになった。
そして、芸能プロが“貸し借り”づくりや圧力・恫喝まがいの水面下交渉を常態化させるなかで、同じ事務所のタレントが同一枠や類似企画に連続起用されるケースが積み上がっていく。制作ラインやPRラインも事務所案件で固まり、外部が入り込みにくい“構造”が固定化する。
その結果、「他社タレントが入りにくい状態」が固定化し、こうしたキャスティングは、“テレビ局による忖度”や“両者の暗黙の了解”と受け取られやすいものになっていった。

