立川談春

1966年、東京都生まれ。84年、17歳で高校を中退し、立川談志に入門。97年、真打ち昇進。「林家彦六賞」「国立演芸場花形演芸会大賞」など、数々の落語賞を受賞。前座時代の貧乏生活を綴った『赤めだか』で2008年講談社エッセイ賞受賞。実力と人気を兼ね備え、現在、独演会のチケットが入手困難と言われる落語家の一人。12月26日、リクエスト投票の上位1、2位の噺を披露する「白談春2011」を青山劇場で開催。1月13日文京シビックホール、2月22日蕨市民会館でも独演会を開催予定。


 

落語家が蕎麦屋に入って、ビールの小瓶を1本とせいろを1枚、酒の肴に箱火鉢で海苔を炙ったりする。いい形だよね。でも俺はそんな本寸法には程遠い野暮天なんだ。

寿司と蕎麦って元来おやつだから、腹いっぱいになるのは恥ずかしいことなんだよと先輩に教わっても、40も半ばを過ぎた今でも盛り蕎麦と親子丼……それって昔は「前座セット」と呼ばれて、腹すかせた若手が食べてたメニューを頼んじゃう。

食べることは好きですね。「たむら亭」ではいつもランチを2品頼んでたから、「あのよく食う奴は誰だ。近所にある格闘技道場の関係者じゃないか」と噂になっていたらしい。

ガツガツしちゃうのは、修業時代に食えなかったせい。食事が2日に1回なんてことも珍しくなくて、常に飢えてた。

住んでる近所になぜか狸飼ってる花屋があったんだ。それを一番腹っぺらしの仲間がじーっと見て、「兄さん、夜中来て、あの狸食おうか」って本気で言ったからね。「『狸』って噺があるぐらいだからそれはやめとけよ」って実行しなかったけど。

今考えたら、バブルの時代にいい経験ですよ。落語に出てくる八っあんも熊公もみんな腹ァ減ってるわけだし。

それと家元の立川談志の影響も大きい。信条が「腐ってるものでも、捨てるぐらいなら食べて腹くだしたほうがいい」と言う人なんで、モノを残せなくなるんですね。

家元は自分で作るカレーに、余りそうな食材を何でも入れちゃうわけ。納豆のつゆ、刻んだラッキョウと柴漬、しまいにはチーズケーキも入れてた。驚いたら、「元は卵とチーズと小麦粉だろ。カレーに入れたらおかしいか」。これが最初食べたとき、奇跡的な偶然でおいしかったんだ。そのときに「人間がつくった世の中で人間が壊せないものはない。常識に囚われるな」という談志流のロジックが添えられるんです。

値段で旨くなる、まずくなるってのはあるな。うまい寿司つまんでも、法外な値段請求されると途端にマズくなる。ただケチなだけじゃない、冥利が悪いという家元のフレーズを思い出してしまう。べらぼうに旨くてべらぼうに高い店は嫌いです。普通の味で親切な店のほうがありがたいし、それを求めます。そこらへん「たむら亭」は旨くて親切、まさに理想の店です。

「南園」は高級ですが大事な人をご招待するときに行くハレの店です。年に何回か贅沢を承知で出かけます。

冥利が悪い、という家元のフレーズをじかに聞くことは、残念ながらもうできないけれど、僕にとってはとても大切な教え。旨さと親切、時にはハレの日までもつくれる芸人になりたいと思います。