福岡 伸一

京都大学卒。ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授。『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、サントリー学芸賞・中央公論新書大賞)は70万部を超えるベストセラーに。ほかに、『ロハスの思考』(ソトコト新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、エッセイ集『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋)、『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、『動的平衡』『動的平衡2』『フェルメール 光の王国』(すべて木楽舎)など著書多数。


 

人間の味覚というのは案外、保守的で、子どもの頃に食べていた味が大人になっても「好きな味」という人が多いと思います。私はあまり奇をてらわない料理が好きですね。ただ、いつもの散歩や、よく知るコースのハイキングでも、ちょっとした発見があると楽しいもの。いつもと違いすぎる道を行くと迷いますが、わずかな「揺らぎ」があると楽しい。ご紹介した2軒は、そうした私の志向に合った、きちんとした基本にプラスαがあるお気に入りです。

アメリカ発の環境思想ムーブメント・LOHAS(ロハス)の考え方に賛同している私がよく利用するのが「巴馬(バーマ)ロハスカフェ」。巴馬は「世界五大長寿の里」として知られる中国の村です。この村は100歳以上の方の人口比率が世界一と聞いています。そんな長寿村で人々が長年食してきたのが「火麻(ひま)」という麻の一種であるナッツとその油。抗酸化作用があり、血栓が改善される必須脂肪酸がたくさん含まれているそうです。この店では、その火麻オイルをふんだんに使った料理が供されます。油が人間の体に与える影響は大きいですから、生物学者としては「いい油を使っている」というのは大事なポイントです。もちろん、料理自体もあっさりしていておいしいし、巴馬を訪れて感銘を受けたという建築家の隈研吾さんが廃材などを駆使して手掛けた外装・内装もユニーク。1階はカジュアルですが、2階は個室やバーがあり、いろいろな用途に使えます。銀座の一等地にしては値段がリーズナブルなのもいいですね。

「ふじ木」は、老舗の料亭で修業を積んだ店主の丁寧な仕事ぶりに信頼を置いています。店主がふぐを調理する資格を持っているのでふぐ料理も食べられる懐石です。途中に出てくる小鉢などに一工夫あって、盛り方も美しい。築地の小料理屋なんて、知らずに入るのは勇気がいりますが、店主も空間も感じがよくて落ち着きます。私はたいてい「おまかせ」でお願いしますが、この店も味と雰囲気のわりに値段が高くないんですよ。大事な人と行きたい店ですね。こういう粋な店を知っていると大人っぽくていいと思いませんか(笑)。

20代後半の渡米前に、「日本の味を自炊したい」とYWCAの料理教室に1年半ほど通った経験があります。男性は私ひとりで目立ちましたが、和洋中、一通り習いました。材料の量で味がガラッと変わったり、全体像を見て段取りを考えるといったところが研究と似ているのが興味深かったです。クラフトマンシップ(職人魂)が大切という点も共通しています。残念ながら、アメリカ暮らしは忙しすぎて、ハンバーガーを食べてしのぐような毎日でしたが、それでも、料理の基本を習っておいてよかったと思っています。