重い車を引きながらハーフマラソンを走るような仕事

いざ始めてみると、車夫の仕事は想像以上にきつかった。7月に研修を受けて働き始めたのは8月1日のこと。京都の夏の「えげつない暑さ」のなかで人力車を一日引くと、体からは塩がふき、10日間で体重が5キロも落ちた。

「モトクロスのレースをやったり、体を使う人生を送ってきましたが、それでも最初はきつかったですね」

先述のように、お客2名を乗せた人力車の重量は200kgを超える。一組のお客を乗せて走る距離はコースによって変わるが、平均して1.2kmを12〜13分で走る。紅葉や桜のきれいな季節には、1日に十数組のお客を乗せて走り、「全走行距離が20kmを超える日が、何日も続きます」という。炎天下や厳寒の季節に、重い車を引きながら、連日ハーフマラソンを走り続けるにも等しい。そんなきつい車夫の仕事だが、中山さんは始めてすぐに「夢中になった」と言う。

日差しの強い道を走る人力車
撮影=小林禎弘

「多くの観光客にとって、人力車に乗って観光地を巡るという行為は、『非日常の時間』なんです。わずか15〜30分ぐらいの時間ですが、私たち車夫がその時間をどんなふうに演出するかによって、お客様の土地に対するイメージは大きく変わります。お客様の旅の記憶がすごく良いものになるか、ありきたりなものになるか、自分たち車夫はとても強く影響を与えることができる。それに気づいたんですね」

演出によって自分を出しすぎてしまった失敗も

もともと人と話すことが嫌いではなかった、という中山さんは、乗客とのコミュニケーションに自分の仕事の意義を見いだしていった。

「人力車に乗るお客様の多くは、車夫にその土地のことや、観光名所について聞きたいと思われています。こちらは提供できる情報を持っているので、コミュニケーションを間違わなければ、だいたいはギクシャクすることはありません。だからこそ、よく『記憶に残るお客さんはいますか?』と聞かれるんですが、うまくいったときより、ご案内に失敗してしまったお客さんのほうが、いつまでも忘れられないんです」

中山さんによれば、昨年11月に嵐山をご案内したお客様に対し、「演出に酔ってしまって、必要以上に自分を出しすぎてしまった」ことを、今でも折に触れて思い出し、後悔の念がこみ上げるという。

「お客様にとって、嵐山を訪れるのはそれが最後になるかもしれません。旅先の記憶として、一つでも良いものが残るお手伝いをすること。お客様のために自分の表現があることを、忘れてはいけないんです」

観光地のパネルを見せる中山さん
撮影=小林禎弘