最新のスマホもばっちり使いこなす
ここまで話を聞き終わったところで、中山さんが案内する観光客の予約時間となった。
中山さんがJR嵯峨嵐山駅のロータリーに山水号を止めて待っていると、間もなくして母と娘の親子連れが、中山さんの人力車に目を留めた。予約していた鈴木佐知子さんと、小学校3年生の穂佳さんだ。
「はじめまして」と中山さんが声をかける。
「今日はどちらから来られましたか」
「東京の港区です。私も娘も人力車は初めてなので、とても楽しみです」
「そうですか、ぜひ楽しんでいってください。少し揺れるので、お荷物やスマホを落とさないように気をつけてくださいね」
中山さんに促され、2人は人力車に乗り込んだ。いよいよ人力車による観光の始まりだ。町中を抜け、嵐山名物の「竹林の小径」をゆっくりと歩きながら、中山さんは各所の歴史や文化遺産について、わかりやすく解説をしていく。
「この神社は平安時代から続いていて、源氏物語のなかにも出てくるんです。恋愛成就にご利益があるそうですよ」
「あちらの寺は天龍寺といって、足利尊氏が作ったことで知られています」
「竹林の囲いの下に、ところどころ穴が空いているでしょう。小動物が通り抜けられるように、わざと空けてるんです」
途中の撮影スポットでは、母の佐知子さんからスマホを借りて、2人が楽しんでいる様子を写真に収める。中山さんは最新のスマホの扱いにも慣れており、iPhoneの広角カメラ機能を最大限に活用して、さまざまな角度から2人を撮影した。写真を見た佐知子さんは、「すごい! どうやったらこんな写真が撮れるんですか?」と驚きの声を上げた。
嵐山という舞台で観客を沸かせるエンターテイナー
時折冗談も交えながら苦しい顔一つ見せずに人力車を引く中山さんを見ているうちに、だんだん中山さんの姿が、嵐山という世界屈指の観光地を舞台に、人力車に乗った「2人だけの観客」を楽しませようとするエンターテイナーに見えてきた。
中山さんが語った、「自分の案内一つで、お客様のその土地に対する印象がまったく変わってきます。だからこそ責任も重いのですが、『乗って良かった』『楽しかった』という声をいただくことが、何よりうれしいんです」という言葉が、質感を持ってよみがえってくる。
30分にわたる人力車観光を終えて、佐知子さんに感想を聞くと、「初めて乗りましたが、こんなに楽しいとは思いませんでした。嵐山の歴史や文化についても深く知ることができて、娘もとても中山さんの話を楽しんでました」と満足そうに語ってくれた。