「要領のいいリーダータイプは車夫には来ない」

そもそも車夫を志す人は一体どういう人なのか。

えびす屋の本部営業企画部で働く笹井啓行さんに、「やはり車夫になりたいと言ってえびす屋に応募してくる若者は、体力に自信があって、人とコミュニケーションを取るのが好きな人が多いんですか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「まったくその逆です。車夫のうち7割は専業で、3割はアルバイトですが、どちらの応募者も学校のクラスで目立つリーダータイプだったり、要領よく立ち回るタイプの子は、一人も来ないですね。車夫の仕事をしたいと言ってくる子には、うまく言葉が出なかったり、赤面症だったりする子が少なくありません。二十数年前の中山も、ある意味、そういうタイプだったと思います。彼らはみんな、『自分を変えたい』と願って、車夫という仕事をそのきっかけにしたくて応募してくるんです」

観光案内
撮影=小林禎弘

笹井さんによれば、車夫のアルバイトを数カ月続けると、学生たちは驚くほど成長するという。観光客に話しかけて、人力車に乗ってもらい、初対面のお客様を楽しませながら土地を案内する経験で、人を相手にする仕事に必要なこと、すべてが学べるというのだ。

「その後の就職活動は百発百中で、名前を聞いて驚くような立派な会社に就職していきます」

実は中山さんも車夫になってから3年目のときには、「社員にならないか」と声をかけられ、実際に管理職としてのキャリアに就きかけたこともあった。だが中山さんは、「車夫道」を貫きたいという意志が強くなったことから、数年後にまた専属契約の車夫に戻った。

中山さんの人力車「山水号」
撮影=小林禎弘
中山さんの人力車「山水号」

24年前、渡月橋で初めて人力車を見たときに隣にいた彼女とは2007年に結婚し、食事や健康管理などの面で車夫の仕事を日々サポートしてもらっている。休日には、生まれて4カ月になる孫の顔を2人で見に行ったり、車夫仲間がいる観光地への旅行を楽しんだりもしている。