※本稿は、本郷和人『軍事の日本史[新装版] お金・戦略・武力のリアル』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
刀で命を奪うのは難しくてつらい
時代劇ではおなじみのチャンバラシーンですが、実はこれほど非現実的なものはありません。人と人とが刀で斬り合って、相手の命を奪うのは至難の業と言えます。それは技術的にも心理的にも相当なダメージを残すものです。刀で斬り合って相手を打ち倒さなければ自分が殺されるのだからそれは必死です。
でもプロの戦士でない農民たちには、この必死さを要求できないと思うのです。また、相手を殺せばホッとすると同時に、「俺はなんてことをしてしまったんだ」という気持ちが生まれるだろうと僕は思います。なにしろ生きている人間を殺すというのは想像以上に(いや想像通りとも言えますが)大変なことです。人一人の命を奪うことがどれだけ大変なことか……。
実は、戦国時代にもそういう考え方は生きていたと考えられる史料があります。
「首二つ」取るなんて例外中の例外
当時、「兜首一つ取れば、一生安泰」という言い方がありました。それなりに名が通った武士を一人討ち取れば、その後、自分が一生食っていくだけのサラリーが保証されるということです。
僕が読んできた史料の中でも印象深いものの一つに「毛利家文書」という文書があります。鎌倉時代の終わりから南北朝時代までを含む毛利家伝来の古文書です。毛利家が戦国大名として大きくなっていく過程を伝える史料であり、毛利元就・隆元親子の自筆の書状が多く残されていることで知られます。
実はこの中に、「この戦いにおいて首をどれだけ取ったか(何人殺したか)」という「首取り注文」と呼ばれるものが相当数書き残されています。読んでいくと「首一つ誰々(が討ち取った)」「首一つ誰々」「首一つ誰々」ということがずーっと書いてある。ちょっと異様な感覚にとらわれてくるものです。
それがひたすら続いていく中に、ごくごくまれに「首二つ」というのが出てくる。でもそれは本当に例外中の例外というくらいに少ない。

