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昨今のブームで、巷には、プログラミングスクールやビジネススクール、行政支援の講座など、“デジタルの学び場”が増えてきた。前回、DX人材への第一歩は「ビジネスの基本を学ぶこと」だと分かったが、肝心のデジタルスキルはどう学ぶのがよいか。デジタル共創オフィサーとして社内外のDX人材の育成活動などを行っている、住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー 岸和良氏に、DX転職に向けた具体的な学び方とキャリアの考え方を聞いた。

「何を学ぶか」より先に考えるべきDXの本質

DX転職を考えたとき、多くの人が「まずはどんなデジタルスキルを学ぶべきか」「どこで学んだらよいか」と悩む。しかし岸氏は、そうした発想自体がDXの本質から少しずれていると指摘する。

「DXは、『データ』『デジタル』はもちろん、多くの『ビジネスの仕掛け』を使って商品・サービスを組成しなければ進んでいきません。重要なのは、スキルの種類ではなく、ビジネスと結びつけて学ぶ視点を持てているかどうかです。特に需要の多いビジネスアーキテクトの場合、必要とされるのは、デジタルスキルを極めることではありません。『データ』『デジタル』『ビジネスの仕掛け』を組み合わせ、ビジネスの戦略を立てられることが求められています」

たとえば「AIを学ぶ」「クラウド・コンピューティングを学ぶ」といった学習は、一見するとDXに近づいているように見える。しかし実務では、そのスキルだけで価値を生むことはほとんどない。重要なのは、目の前の業務やビジネスに対して、「どこにデータがあり、そのデータを使うことで何が変わるのか」「どのデジタル技術を使えば、業務の手間やコストをどこまで下げられるのか」を一体で考えることだ。

技術はあくまで手段であり、目的はビジネスの改善や価値創出にある。この視点を持たずにスキルを積み上げても、現場では使えない知識になってしまう。だからこそ、ビジネスアーキテクトには、点の知識ではなく、全体を設計する思考力が求められる。

そして岸氏は、ビジネスの改善や価値創出に役立つ「ビジネスの仕掛け」として、以下の17つは押さえておくべきだと主張する。17の言葉がすべて分からない人は、まずはこれを知ることから始めるのがいいだろう。

【17のビジネスの仕掛け】
①オンライン化 ⑪D2C
②オンラインマッチング ⑫D2Cサブスク
③プラットフォーム ⑬プロシューマ―
④ネットワーク効果 ⑭シェアリング
⑤クラウドファンディング ⑮シェアリング×データ
⑥コンテンツマーケティング ⑯IoTビジネス
⑦ファンマーケティング ⑰既存資産転用
⑧プロセス体験型消費×SNSマーケティング
⑨体験型消費×お試しマーケティング
⑩顧客ロイヤルティープログラム

研修・スクールを選ぶたった1つの基準

もちろん、大前提としてデジタルの基礎知識は必要だ。岸氏は「DX転職を考えるなら、最低でもITパスポートくらいは勉強しておいたほうがいいでしょう。DXの知識と技術を認定する『DXビジネス検定』の取得もおすすめです。検定の勉強をすることで、クラウド、ネットワーク、セキュリティ、認証、UI/UXなど、DXビジネスに必要な多くのDX関連用語も体系的に整理することができます」と資格取得の意義を話す。

とはいえ、知識習得や資格取得はゴールではない。岸氏が重視するのは、アウトプットだ。ここで言うアウトプットとは、必ずしも完成した成果物を作ることではない。課題をどう捉え、どんな選択肢を考え、なぜその結論に至ったのか。その思考のプロセスを言葉で説明できること自体が、DX人材に求められる重要なアウトプットになる。そのため、研修やスクールのワークショップで数多くの事例に触れ、「自分ならどう設計するか」を考えるなかで実際にDX用語や思考を駆使することも非常に有効だという。

では、数多くある研修やスクールをどう見極めればいいのか。「見分けるポイントは、教育を行う事業者自身が、自社のビジネスをDX化できているかどうかです。なかでも経済産業省の『DX銘柄』に選ばれた企業は分かりやすいでしょう。その企業のCDOやデジタル担当役員の話を聞いたり、研修を受けたりする機会があれば、非常に勉強になると思います」という岸氏のアドバイスは大変参考になる。

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現職の業界知識はそのままDX転職の武器になる

また、DX転職を検討する際に、「成長産業」や「将来性のある分野」を基準に進路を選ぶことも失敗につながりやすいと岸氏は注意を促す。

「キャリアを考えるうえでベースになるのは、今自分がどのような業務を担っているかです。ゼロから新しい業界へ飛び込む挑戦力も必要ですが、それ以上にこれまで積み上げてきた業務経験こそが、DX人材としての強みになります」

たとえば金融業界で働いてきた人は、金融商品や業務プロセス、金融規制などに対する深い理解を持っていることが大きな強みとなる。「金融業界を理解しているからこそ、どこが弱点で、どこを改善すれば便利になるのかが見えてくるはずです。同じように、マーケティングの経験者であれば、顧客との接点やデータの捉え方はすでに身についています。そこにデジタル技術を掛け合わせれば、デジタルマーケティングや顧客データ活用といった領域へと展開していけるでしょう」と岸氏は可能性を示す。

つまり、どの業界が有望かを外側から探すことではなく、自分自身のキャリアを棚卸しすることが肝心なのだ。岸氏は「まずは、自分ができることを一度すべて書き出してみてください。そして、その一つひとつにデジタルを掛け合わせたら、何ができるかを考える。このやり方で取り組んでいくと、DXを自分ごととして考えられるようになります」と言葉を続ける。

営業であれば顧客管理の仕組み、事務であれば業務プロセスの自動化、企画であれば市場や顧客データを基にした施策立案。どんな仕事にも、デジタルを生かす余地はまだまだある。

転職は不安だが実績はつくりたい。どうすれば?

DX転職に関心はあっても「本当に通用するのか」「失敗したらどうしよう」と不安を感じ、最初の一歩を踏み出せない人もいる。これについても岸氏はアドバイスをくれた。

「必ずしも転職を急ぐ必要はありません。不安がある場合は、転職を考える前に、まずは今勤めている会社の中で、デジタル化できる業務がないかどうか、考えてみてください。たとえば、社内業務の効率化や仕組みの見直しなども、立派なDXです。小さな改善であっても、自分が何を課題と捉え、どう変えたかという実績を蓄積していけば、それが自分の『DX経歴』になります」

さらに岸氏は、「自分だったらこうする」という視点で、業務改善のアイデアやDXの考え方を(会社の承認が前提だろうが)SNSやnoteで発信することも、DX人材への一歩だと指摘する。発信は、同じ問題意識を持つ人とつながる手段であると同時に、自分の思考や行動を記録したエビデンスにもなる。

「これからは、転職においてもエビデンス主義の時代になると考えています。何を考え、何をしてきたかが問われる時代に、デジタル関連の資格や肩書以外に、SNSでの発信履歴やフォロワー数は、一つのエビデンスになるでしょう」というのが岸氏の見解だ。

会社や学校の外にサードプレイスを持ち、社内の業務改善や発信といった小さな実践を積み重ねていくことも、ある種のリスキリングだという。社内の有志プロジェクトや勉強会、業務改善をテーマにしたコミュニティに参加しながら、自分なりに課題を捉え、試行錯誤を重ねていく。こうした努力の履歴こそが、DX人材としての信頼を形づくり、次のキャリアにつながっていくのだ。

(取材協力=岸和良 執筆=相澤洋美 撮影=片桐圭)