たった1回のSNS投稿が商品の売れ行きを変えることがある。野村総合研究所フェローの青嶋稔さんは「2020年、妻が冷凍食品の餃子を夕食に出すと、夫から『手抜き』と言われたというツイッターの投稿があり、味の素冷食の公式ツイッターで、自身も母親である広報担当者が反論した。同社がすぐに効果的な投稿ができたのには理由がある」という――。

※本稿は、青嶋稔『売り上げ目標を捨てよう』(集英社インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

餃子
写真=iStock.com/zepp1969
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「冷食」の概念を変えた味の素冷凍食品のマーケティング

味の素の餃子を食べたことがある、という読者の方は多いだろう。私も同社の餃子の大ファンであり、いとも簡単に羽根つき餃子ができることに感動した一人だ。味の素冷凍食品は、自社と消費者を物語でつなぎ、両者をともに共感、共鳴しながら需要を創造していく関係性に位置付けるマーケティングを取り入れている。これはナラティブマーケティングと呼ばれ、顧客を主役とした物語(ナラティブ)を構成することにより、顧客の心理に訴えかけることで、需要を創造する。

そもそも、なぜ、味の素冷食がこのような活動に至ったのか? 筆者は以前、同社の常務執行役員でマーケティング本部の戦略統括を行う伏見和孝氏にインタビューを行ったことがある。きっかけは味の素が始めたASVという考え方にあるという。ASVはAjinomo to Group Creating Shared Valueの略で、「社会課題を解決し、社会とともに価値を共創する」という考え方だ。これをよりどころに、味の素冷食として何ができるかを考えたという。

2019年、味の素冷食でマーケティングを牽引していた下保寛専務(当時/現在は味の素フーズ・ノースアメリカ社社長)は顧客に対して、最初に冷凍食品を正しく理解をしてもらおうとした。冷凍食品には調理時間を短くできるなどの便利な面も多いのだが、栄養価値が低い、手抜き、などのネガティブな印象も強くあった。このようなネガティブな印象を払拭し、その便利さとともに、冷凍食品を正しく理解してもらうことが必要であると考え、具体的な手法として、味の素冷食を主語とするのではなく顧客を主語としたストーリーを構築しようと考えたのである。

「夕食に冷凍餃子を出したら、夫から“手抜き”といわれた」

まず「料理は“手作り”からスマートで現代的な、“賢い選択”に移行する時代である」という対立構造を作り、同社が提案する“賢い選択”に対して、消費者の間に共感者を増やしていくことに努めた。“手抜き”ではなく、“手間抜き”することで、家族のための時間を創造することができる、というスマートで現代的な“賢い選択”により、餃子の需要を創造するための議論を開始した。

そうした最中、2020年8月、ツイッター(現X)に育児中の女性から、夕食に冷凍餃子を調理して出したところ、夫から「手抜き」といわれたというツイートがあり、味の素冷食の公式ツイッターが即座に反応。自身も母親である同社の広報担当の女性社員が「冷凍餃子を使うことは『手抜き』ではなく『手“間”抜き』」と投稿した。