京都の飯尾醸造は125年の歴史を誇る老舗の「お酢屋」だ。漫画『美味しんぼ』に取り上げられるなど、高品質のお酢を造る醸造元として知られる。5代目の飯尾彰浩氏(43歳)は、6年前に父・毅氏から事業を継承。主力商品のプレミアムラインを作ったほか、地元に酢を使ったイタリアンレストランをオープンするなど、新しい仕掛けに積極的だ。
『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の著者である佐宗邦威氏は、飯尾醸造を日本の中小企業の「リブランディング」の成功例として注目する。「モテるお酢屋。」を目指す飯尾醸造のチャレンジの中身とは――。
地元も活性化させる「体験価値デザイン」
▼デザイン思考
飯尾醸造の飯尾彰浩さんは、先代までが培った質の高い酢造りの土台をうまく活用しながら、お酢の価値を向上させる経営をされています。今回は「デザイン思考」の観点から、老舗企業のリブランディング成功の4つのポイントを解説していきます。
リブランディング1つ目のポイントは、経営理念をベースにしたPull型の経営です。多くの日本の中小企業は「いいものを作れば売れる」という発想から、取引先企業との付き合いを大事にし、商品ができたら積極的に売りに行くというPush型の経営を取ることが多い。
しかし、飯尾醸造は逆の発想で、ステークホルダーが幸福になる価値を提供することで、自然と自社に還元されるというPull型の経営を行っています。そもそも、飯尾醸造の経営理念は「モテるお酢屋。」。彰浩さんはこう話します。
「モテる、という言葉は2年前に私が使いはじめました。父の代はもう少し硬い言葉を使っていましたが、根本にある理念は変わっていません。味の良い酢を造る。お客様の健康を大切にする。生産者の方々に貢献する。社員の幸せを考える。飯尾醸造ではずっとそれを大切にして、お酢を造ってきました。それを今の世の中にわかりやすく伝えられるのが、『モテる』という言葉だったんです」。
この経営理念は6つのステークホルダー(図)を可視化し、理念に共感してくれる組織や人が集まってくるという経営です。実際、飯尾醸造には営業専任の社員はいません。「矢印が私たちのほうを向くようにすれば、自分たちから無理に押し出す必要はありませんし、より時間をものづくりに向けられます」(彰浩さん)。