地元が盛り上がれば、いつか自分たちにも返ってくる

ただ、この「内向きの矢印」を維持するための努力は欠かしません。端的な例の1つが、自社でのイタリアンレストラン「aceto(アチェート)」の運営です。明治時代の町家を改装したレストランでは、はちみつ紅芋酢で割ったビール、地元の海の幸や山の幸とお酢を組み合わせた前菜、お酢の原料の米を熟成させて作ったリゾットなど、飯尾醸造のお酢を使った料理を味わうことができます。彰浩さんがレストランにこだわったのは、地元が抱える課題への挑戦でした。

「丹後は天橋立で知られる観光都市ですが、すごく疲弊しているんですね。年間540万人の方が訪れる反面、客単価が3000円しかない。一方で、京都市内は約2万円。どこで差がつくかというと、宿泊をしているかどうか。泊まっていただくには、景色がいいだけではいけません。夜しか開いていないお店が必要だと思ったんです」(同)

彰浩さんはレストランだけではなく、お客様に向けて丹後半島を案内するツアーを組んだり、棚田での田植えや収穫の体験、醸造所の見学なども行っています。実際に、海外からも10カ国以上の方が訪れたといいます。

デザイン思考には「体験価値デザイン」という考え方があります。お客さんの体験前、体験、体験後を総合的にプロデュースするという考え方ですが、彰浩さんの取り組みは、まさにこれを体現していると言えます。

地元が盛り上がれば、いつか自分たちにも返ってきますから――彰浩さんは「地元への投資」と当たり前のように、訥々と口にします。利益を地元に還元するのではなく、地元に貢献することで、自分たちのビジネスもうまくいく。地元が抱える社会的課題を解決しようとすることで、結果的に共感を呼び、ファンの獲得につながっていく好例と言えます。

富士酢の倍の価格の「富士酢プレミアム」

「体験価値デザイン」を行う一方で、本業である「価値による値決め」も行っています。これが第2のポイントです。

いくらPull型の経営を行ってもステークホルダーからモテようとするだけでは、ビジネスとして成り立たない局面が出てきます。お客様のためと言って商品を安く売り、生産者のためと原料を高く買い取っていれば、当然利益は出ないからです。その疑問をぶつけると「父は良いものを安く、農家にも優しくという人で、これまでうちの値決めは上手くなかったと思います」と彰浩さんは率直に話してくれました。

そこで、彰浩さんは富士酢の倍の価格の「富士酢プレミアム」というプレミアムラインを販売しました。さらに販売面でも、直販の比率を高めることで、富士酢の値段を維持。製造原価は考えながらも、より価値に合わせて価格を決めるように転換していきます。