ビールの本場、欧州最大のビール品評会「ヨーロピアンビアスター」で金賞、「ワールドビアカップ2018」でも銀賞を受賞するなど、世界が注目するクラフトビール「COEDO」。製造しているのは埼玉県川越市にある農産物商社、協同商事だ。

「COEDO」の以前の商品名は「小江戸ビール」。1990年代に流行した“地ビール”の1つだったが、売り上げが低迷し、一時はビール事業からの撤退も検討したという。しかし、2003年に現社長の朝霧重治氏が副社長に就任し、製造方法からブランディングまでを見直し、国際的評価を受ける商品にまで成長させた。創業社長から事業を承継し、業績を好転させた裏側に何があったのか――。早稲田大学大学院の入山章栄准教授が経営学の視点で解説する。

“地ビール”からクラフトビールへ大転換●「毬花」「瑠璃」「漆黒」など日本の色名をつけた6種類を販売している。2006年のリニューアルの際にはパッケージやブランドロゴもエイトブランディングデザインの西澤明洋氏とタッグを組んでつくり上げた。

マイクロソフトと同様の「両利きの経営」

▼第二創業

本連載では、これまでファミリービジネスの後継者が、従来からある技術・商品に新たな経営視点を取り込んで会社を再飛躍させる「第二創業」に注目してきました。今回の協同商事もまさにその1つです。しかも今回は、創業社長から娘婿である現社長・朝霧重治氏に引き継がれているのが特徴です。「第二創業」成功の要因を、経営学の3つの視点で紐解いていきましょう。

重治氏は、生まれも育ちも埼玉県川越市。義父である創業者の朝霧幸嘉氏(現会長)と知り合ったのは、高校生のころにガールフレンド(現在の奥様)と交際を始めたときだったといいます。

「協同商事は現会長が82年に川越市に設立した会社で、もとは有機野菜を扱う小さな専門商社でした。まだ『有機』という言葉が知られていない時代でしたが、現会長は安心安全な農業を広げたい一心で、トラック1台で起業。産地直送の流通システムをつくり上げました。農業の付加価値を高めたいと、地元の特産品を使ったビール事業、レストラン事業なども展開していました」

重治氏は高校卒業後、一橋大学に入学。企業統治(コーポレートガバナンス)で著名な伊藤邦雄教授(現特任教授)のゼミで会計を学びます。その後、新卒で三菱重工業に入社するのですが、そこで突然ガールフレンドの父親である幸嘉氏に「協同商事を一緒にやろう」と口説かれ、入社1年半で会社を辞め、手伝うことになります。

「三菱重工業での所属先は機械事業部でした。プロジェクトチームのメンバーとして、いろんな職種の人々を巻き込み、オペレーションを回すことを学びました。大手企業を辞めることにもちろん周りは大反対でしたが、私の決心は揺らぎませんでした。もし協同商事が下請け型の中小企業ならそんな気にはなれなかったでしょうが、現会長の話を聞き、『この会社はすごい可能性を秘めたアグリベンチャーなんじゃないか』と感じ始めていたんです。産直、有機、流通・農業生産改革……彼が口にする言葉は新鮮で、話もロジカルでした。『こんな面白いこと、早くやらなきゃダメだ!』と思い立ち、辞表を提出したんです」