巧みなリブランディング戦略

重治氏の事業再生戦略の最大のポイントであり、第3の経営学視点は、その巧みなリブランディング戦略です。「協同商事では、他社の地ビールをOEMで造るビジネスもしていました。しかし、どんなによいものを造っても、ブランディングがうまくないと売り上げには結びつかない。失敗事例をいやというほど見てきました」。

狙ったのは“ちょい高”路線。デフレの風が吹き荒れる時代でしたが、付加価値が求められるようになれば本物志向の商品は注目される、と彼は睨んでいました。

まずやったことは、商品名を変えることでした。そのために何度となくデザイナーと打ち合わせを重ね、従来の地ビールとは違うことをアピールするため、小江戸と呼ばれる川越のイメージは消していきます。シンプルで小気味いい響きだけを残し、「COEDO」としたといいます。さらに、パッケージデザインをスタイリッシュに統一、メディア戦略を練ることで、新しいビールのあり方を提案することにしました。それが、従来のビールとも地ビールとも違う、「クラフトビール」だったのです。

もともと定評のあった味に加え、スタイリッシュなデザインが話題をさらい、07年にはモンドセレクションでCOEDO全商品が受賞するという快進撃が展開されます。折しも航空機のプレミアムクラスが登場するなど高級志向が、消費者の間でもトレンド化しつつありました。

「『ヱビスとプレミアムモルツの隣に置いてください』とスーパーのバイヤーの方に伝えました。『大丈夫です、必ず売れます。缶1本1本に“モンドセレクション最高金賞受賞”と書かれたシールを手貼りします』と胸をはったのを覚えています」

もくろみ通り、COEDOの売り上げは急上昇。グローバル進出も順調に果たし、世界でも15カ国に代理店を置き、今や20カ国以上で流通するまでになりました。

このリブランディング戦略は、ある意味で競争戦略のお手本とも言えます。戦略論の大家であるハーバード大学のマイケル・ポーター教授以来、競争戦略の基本は「価格競争に陥らず、差別化されたポジションをとってプレミアムな位置を維持すること」です。まさに「地ビール」として価格競争するのではなく、「クラフトビール」というリブランディングでの差別化に注力したことが、同社を成功させたのです。

今後造ってみたいのはどんなビールなのか重治氏に尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。

「じつはもう1度、『地ビール』をやりたいと思っているんです。つまり、地元、川越産の麦を使い、地元の消費者においしく飲んでいただけたら嬉しいなと。魅力ある街づくりにビールを通して貢献できたらと思っています」

地元農家を応援するために生まれ、世界中で愛されるようになった日本発のクラフトビール「COEDO」。今後、どう発展していくのか、一愛飲者としても目が離せません。

▼第二創業のポイント:「後継者の体験」と「企業理念」を重ね合わせる

会社概要【協同商事】
●本社所在地:埼玉県川越市中台南
●資本金:9900万円売上高1930百万円(2018年3月期)
●従業員数:120人
●沿革:1975年に生活協同組合の青果物産直事業を開始。82年に株式会社化。有機農業関連、物流、ビール事業が3本柱。ビール事業では、2016年に埼玉県東松山市にCOEDOクラフトビール醸造所を開設した。
入山章栄
早稲田大学大学院准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
(構成=西川敦子 撮影=今村拓馬)
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