一番ウケてくれる人に照準を合わせれば、この客につられて周囲も笑うかもしれない。話し手にとっても、自信を持って話を進めることができる。
エステーの鹿毛さんは、練習を怠ってはならないと言う。
「僕は講演などで、最初に3分間の自己紹介ビデオを見てもらいます。自分で編集して作ったものです」
そう言いながら鹿毛さんは手作りの短いビデオを披露してくれた。
テンポよく鹿毛さんの人となりがわかる内容で、ぐいぐい引き込まれる。見終わると、一気に鹿毛さんとの距離が近づいた気がした。
「わずか3分ですが、実は10時間以上かけて作っています。しかも、常に改良を加えています。それくらい手間と時間をかけて、初めてみんなを引きつけられるんです。ビデオでなくても、3分しゃべるなら、10時間準備すべき。1時間の準備? 冗談じゃない」と手厳しい。
が、考えてみれば、当たり前のことで、オリンピック選手は、一瞬のためにどれだけの練習と準備を重ねているだろう。
アサヒビールの伊藤大悟さんも、取引先の前でプレゼンテーションをする機会があるが、練習は欠かさない。
「何十回と通して練習しますね。本番でできるだけ資料を読まず、相手の目を見て話すことができるようにとにかく練習あるのみです」
要するに、小1時間考えたくらいの内容で、人が引きつけられるわけがないのだ。
「僕のビデオがおもしろいとしたら、それは映像があるからとか、しゃべりがうまいからというわけではなく、それだけの準備をしているからです。1週間くらい準備して、3分に挑むんです。もちろん足は震えますよ。だけど合格点のもらえるプレゼンテーションができるはずです」(鹿毛)
(文中一部敬称略)
【○】あのときの社長の言葉がうれしかったです。
【×】このスピーチを必死で1時間考えました。
田中イデア
テレビ、ラジオの番組構成などで活躍するほか、ワタナベコメディスクール、東京アナウンス学院などで講師を担当。著書『ウケる!トーク術』がロングセラー中。
伊藤大悟
1979年、奈良県生まれ。同志社大学文学部卒業後、2003年入社。中国地区最大手量販チェーンを担当するエース社員。状況が悪くなるほどに底力を発揮する広島の予算必達請負人。
鹿毛康司
1984年、早稲田大学商学部卒業後、旧・雪印乳業に入社。93年、米国ドレクセル大学でMBA(経営学修士)取得。2003年からエステー化学(現エステー)にて現職。著書『愛されるアイデアのつくり方』がベストセラーに。