トラブル報告、価格交渉、歓送迎会のスピーチ……。オフィスや取引先、接待の場で成功するための話し方を達人に聞いた。
Case5.歓送迎会でスピーチする
地位が上がるにつれ、逃げたくても任されるスピーチ。大勢の前でかっこよく決めたいが、果たして……。
相手がひとりでもうまく話せないのに、大勢の前でしゃべるのは地獄のようなもの。
「あがって当たり前なんですよ」とエステーの鹿毛康司さん。
「女優の森光子さんが放浪記で文化勲章をもらったときのパーティーでのこと。森さんがお話しされているとき、カタカタカタカタと音がするんです。なんの音だろうと思っていたら、森さんが『先程からカタカタと音がするでしょう。私、足がずっと震えておりまして、それをこのマイクが拾っておりまして』と。あの大女優でさえ、緊張するんです。だからそれを恐れる必要はありません」
つまり緊張して当然。それを克服する必要はないのだ。
放送作家の田中イデアさんも「得意な人のほうが少ない」と言う。
「早く終わらせたいと思うので、早口になったり、具体性がなくなったりするんです。抽象的な内容になるほど、感情がこもっていない言葉になり、聞いているほうも表情はこわばる。それを見て、余計に緊張する。悪循環ですね」
それでも、少しは緊張感から逃れる方法はあると田中さん。
「以前、上手にしゃべる人を観察していて気づいたのですが、その会場で決定権を持っている人の顔を見ながら話していたのです。聴衆がたくさんいる中で、一番偉い社長だけに話しかけている。それ以外の聴衆は木みたいなものです。あたかも森の中で社長と2人きりのつもりで話せばいい」
これなら聴衆が何人に膨れ上がろうが、森が大きくなるだけで、相手は常にひとりだ。そう思えば、ずいぶん気が楽になる。
しかし、誰が一番偉い人なのかわからず、似たようなメンバーがそろっている場では、どうするのか。
「そのときは、最初に笑ってくれた人に向かって話せばいいんです。一番ウケている人を相手にすれば、緊張感がほぐれてきたときに少しずつ視界が広がっていきます」(田中)
つまり、たくさんの人を満足させなければいけないというプレッシャーが重くのしかかって、うまくいかないのだから、最初から対象をひとりに絞ってしまえばいいのだ。