「呉下の阿蒙にあらず」
ここで、中国の古典を一つ開きたい。『三国志』の時代、呉の国に呂蒙という武将がいた。勇敢だが学問がなく、周囲からは無学な武人と見られていた。主君の孫権に学問を勧められた呂蒙は、それから猛烈に書物を読んだ。
しばらくして、呂蒙を見下していた重臣の魯粛が、彼と語り合う機会があった。魯粛はその見識の深さに驚き、こう言った。「あなたはもはや、呉にいた頃の蒙ちゃん(阿蒙)ではない」。呂蒙は答えた。「士は別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」。人は三日も会わなければ、目をこすってよく見直さなければならないほど変わるものだ、という意味である。
侮られていた側が、見ないあいだに変わっていた。この構図は、すでに産業ロボットの世界で現実になっている。国際ロボット連盟(IFR)が9月24日に公表した報告によれば、2025年に中国で導入された産業ロボットは35万4000台で、世界の59%を占めた。そのうち55%を、中国のメーカーのロボットが占めている。IFRの会長は、その背景に、10年前に始まった中国の国家的なロボット戦略があると述べた。かつて日本や欧州のメーカーが圧倒していた市場で、中国のメーカーが過半を握るようになったのである。
失うのは、ロボットの注文だけではない
ヒューマノイドで同じことが起きると断定するには、まだ証拠が足りない。しかし、起こりうる筋道は描ける。人手が残る作業や、工程と工程のあいだの運搬といった、これまで自動化が難しかった仕事から入る。そこで作業のデータと、顧客との接点と、保守の経験を積み重ねる。こなせる仕事が増えれば、やがて設備を更新するときにも候補に入ってくる。
そのとき日本が失いかねないのは、ロボットの注文だけではない。日本の機械が工場に残っていても、何を認識し、どう動かし、どう改善するかを決める仕組みが、別の企業に握られる可能性がある。本書の第1章の問い、「人工知能――誰が支配するのか」は、ここで「誰が工場の主導権を握るのか」という問いになる。

