夜が来ると、肝臓は再び育った
人間に火を渡したプロメテウスは、神々の王ゼウスの怒りを買い、岩に鎖で縛りつけられた。紀元前8世紀ごろのギリシャの詩人ヘシオドスは、『神統記』のなかで、その罰の様子をこう伝えている。ゼウスが放った翼の長い鷲が、プロメテウスの不死の肝臓を食べる。しかし肝臓は、鷲が昼のあいだに食べた分だけ、夜のうちに再び育つ。そして翌日、鷲はまた舞い降りてくる。
プロメテウスは神であるから、死ぬこともできない。拙著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)では、これを「終わりのない罰」と書いた。
この物語には、見落とされやすい逆説がある。肝臓が再生することは、プロメテウスを苦しみから解放しなかった。再生するからこそ、翌日も同じ罰を受け続けることができたのである。もし肝臓が一度食べられて終わりなら、罰もそこで終わっていた。回復する力そのものが、罰を永遠に続く仕組みに変えていた。
本書の第1章では、この場面を現代のAI企業に重ねた。最先端の大規模言語モデルを開発する企業が、ライバルより一段先に進むために投じる費用は、プロメテウスの肝臓のように、毎年、新たな設備投資や研究開発に食われる。収益や追加の投資資金を得ることで再生し、また食われる。最新の画像処理半導体(GPU)を大量に買い込んでも、翌年にはそれが旧型になる。
資金を集められることと、資金を集め続けなくても事業が回ることは、別の力である。この記事は、その違いから出発したい。
プロメテウスが渡した火は、なぜ手放せないのか
罰の前に、物語をもう少し遡っておこう。火は元来、神々のものであり、人類は火を持たなかった。プロメテウスは、神々の火を茴香の茎の中に隠して持ち出し、人間に渡した。火を手にした人間は、暗闇から解放され、寒さから守られ、金属を鍛え、土器を焼くようになった。ここに人間の「文明」が始まった。
古代ギリシャの悲劇『縛られたプロメテウス』では、岩に縛られたプロメテウスが、自分が人類に与えたものを語る。それは火だけではなく、家を作る術、薬の調合、星を読む技、文字、数、馬を御する術、船を航海させる術にまで及んだ。本書では、21世紀の私たちが、これに匹敵する新たな火を手にしていると書いた。言語や画像を扱う生成AIという「情報の火」と、物理世界で動くフィジカルAIという「物理の火」である。
一度手にした火は、手放せない。むしろ、握り続けるための代償が積み上がっていく。本書では、火を握った者は「それぞれの形で縛られる」と論じ、その代表例としてOpenAIを取り上げた。最先端モデルの性能を高めるほど開発費が増え、利用が広がるほどGPUと電力の費用が膨らみ、競争が激しくなるほど値上げは難しくなる。この三重の圧力が、OpenAIを縛る鎖である。
利用者の数は申し分ない。2026年2月時点で、チャットGPTの週次アクティブユーザーは9億人を超え、個人向けの有料契約者は5000万人を超えていた。広大な利用者層を、どのように継続的な収入へ結びつけるかが問われている。利用者が質問するたびに、計算の費用は発生するからだ。利用の拡大、処理費用の低下、顧客から受け取る料金の3つがどう釣り合うかによって、火の重さは大きく変わる。火を広める力を手に入れた企業は、その火を提供し続ける仕組みも引き受けることになったのである。


