100年以上続く会社が日本には4万社以上ある。堅調な業績を維持できる企業の特徴とは何か。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「中長期経営計画やミッション・ビジョンを経営陣とつくるとき、私は売上目標の議論に入る前に必ず一つ質問している」と指摘する。10月20日刊行の新著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)より、一部を紹介する――。(第10回)
会議室でミーティングする3人のビジネスパーソン
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割れる答えが、議論の出発点になる

中長期経営計画をつくる場でも、ミッションやビジョンを経営陣と語り合う場でも、私が最初に置く問いは決まっている。売上目標も、重点施策も、10年後の将来像も、まだ話題にしない。その前に、こう尋ねる。

「この産業は、いまどの局面にあるのでしょうか」

これまで多くの企業でこの問いを置いてきたが、経営陣の答えが一つにそろうことはほとんどない。好調な業績を日々見ている人は、まだ成長期だと答える。技術や顧客の変化に現場で接している人は、すでに転換点に入ったと答える。市場は大きいが、利益はもう伸びないと答える人もいる。一つの会議室のなかで、同じ会社の現在地がいくつも語られるのである。

田中道昭『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)
田中道昭『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)

見立てが割れるのは、それぞれが、自分の立っている場所から見える局面を語っているからだ。ただし、見立ての違いが会議の場に出てきても、その背後にある前提の違いは、まだ言葉になっていないことが多い。計画の成長率の置き方も、投資の配分も、人員計画も、どれも暗黙のうちにどこかの局面を前提にしている。局面を問わずに計画をつくれば、異なる前提を抱えたまま、数字だけがそろっていく。

だからこそ、答えが割れることそのものが、議論の出発点になる。そこから一つの判定にたどり着くために、私は古典を使う。古典には、力が興り、伸び、頂点に立ち、やがて崩れていく過程が、何度も描かれている。その記録を物差しにすると、目の前の会社がどの局面にあるのかを、経営陣が同じ言葉で語れるようになる。

「打ち手を決めるのは局面である」孫子の教え

最初に開くのは『孫子』である。虚実篇に、「兵に常勢なく、水に常形なし」という一節がある。水は地形に従って流れを変える。戦いもまた、敵と状況に応じて形を変える。決まった勝ち方はなく、相手の変化に応じて自らを変え、勝ちを取る者こそが優れた将だと、孫子は説いた。

私はこれまで『アマゾンが描く2022年の世界』(PHP研究所)や『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版)などの著作で、孫子が戦いの前に比べるべきとした「五事」、すなわち道・天・地・将・法を、現代の企業分析に応用し、アマゾンや米中メガテック企業の戦略と未来を読み解いてきた。そのなかで「天」は、昼と夜、寒さと暑さ、そして時を指す。自分の力だけでは変えられない、めぐり合わせのことである。企業に置き換えれば、産業の局面がそれにあたる。本稿は、この「天」をどう読むかの話でもある。