満足していたのに、なぜ買わなくなったのか
米国の投資アプリ会社パブリックの共同最高経営責任者、レイフ・エイブラハム氏は、この秋から買い物の仕方が変わった。米ビジネス・インサイダーが10月上旬に伝えたところによれば、メタが公開したAIエージェント「Muse」を使い始めてから、アマゾンで買うのはトイレットペーパーのような日用品だけになったという。それ以外の品は、AIが探し出した小さな店やブランドの直販サイトで買うようになった。「支払いを承認するだけでいい」と同氏は語っている。
同氏の話が示すのは、商品への不満による乗り換えではなく、探し方が変わることで購入先も変わる可能性である。顧客が満足していても、次の買い物で選ばれるとは限らない。この「満足しているのに、選ばれなくなる」という変化を読み解く手掛かりが、ギリシャ神話のなかにある。人間に火を渡した神、プロメテウスの物語である。
プロメテウスは、人間に何を渡したのか
古代ギリシャの悲劇『縛られたプロメテウス』には、岩に鎖でつながれたプロメテウスが、自分が人類に何を与えたかを語る場面がある。
彼が語る、贈り物を受け取る前の人間の姿は印象的だ。人間は目を持っていても見ることができず、耳を持っていても聞くことができず、夢の中の影のように、ただ漫然と暮らしていた。日の当たる家を建てることも、木を組むことも知らず、日の差さない洞穴の奥に、群れる蟻のように住んでいた。冬の訪れも、花咲く春も、実りの夏も、見分ける確かな目印を持たず、何ごとも分別なく行っていた。
そこへプロメテウスは、神々のもとから茴香の茎に隠して運び出した火を渡した。劇のなかでプロメテウス自身が、その火を、人間にとって「あらゆる技術の師」となったものと呼んでいる。拙著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)の第1章で書いたように、火を手にした人間は、暗闇から解放され、寒さから守られ、金属を鍛え、土器を焼くようになった。ここに人間の「文明」が始まった。


