火が渡れば、力は均等になるのか
ここで、もう一度神話に戻りたい。火と技術を得た人間は、以前にはできなかったことができるようになった。神々の独占は崩れた。この物語を現代に引き寄せると、能力が広がることと、力が均等になることは別だと考えられる。火を扱う力が広がれば、その火を誰が、どのように提供するのかをめぐって、新しい差が生まれるからである。
本書の第1章では、AIの性能差が縮まるにつれて、「競争の条件そのものが変わり始める」と論じた。そのとき重要になるのは、「誰が日常の中に最も多くの顧客接点を持つか」に加え、「その接点から独自の顧客情報を得て、提案から購入・決済・仕事の実行までをつなげられるか」である。顧客との接点は、顧客情報の入口であると同時に、商流の入口でもある。本書では、この視点からグーグル、マイクロソフト、アマゾン、アップル、メタの位置を比べた。Museをめぐる攻防は、まさにその入口の争いが、買い物の現場で始まったことを示している。
買い物を任せられた側の企業には、何を候補として示し、どの店につなぐかを決める力が集まる。だからこそ、利用者の側は3つのことを確かめたい。どの店の商品まで比較しているのか。推薦の順位に、広告や手数料がどう関わっているのか。自分の希望が、選定にどう反映されているのか。これは特定のサービスの不正を指摘するための問いではない。買い物を任せる相手が、何を基準に選んでいるのかを知るための問いである。
本書の第1章は「人工知能――誰が支配するのか」と題した。その問いは、ここで「誰が買い物の候補を決めるのか」という、私たちの日常の問題になっている。
老舗と無名の工房、AIはどちらを選ぶのか
この変化は、大企業だけのものではない。むしろ、小さな企業にとっての好機にもなりうる。
仮の例で考えてみよう。2つの鞄の店がある。一つは、創業から長い老舗の店Aである。品質の評判は高く、常連客の満足度も高い。ただ、サイトには「軽くて丈夫」「一生ものの鞄」といった言葉が並ぶだけで、重さや修理の情報は載っていない。もう一つは、無名の小さな工房Bである。サイトには、重さが何グラムか、何インチのパソコンが収まるか、注文から何日で発送するか、どの部分をいくらで何日で修理できるか、返品の条件は何かが、一つずつ書かれている。
ある日、2つの店の常連客でもない一人の会社員が、AIにこう頼む。「1キロ以下で、14インチのパソコンが入り、壊れても修理できる鞄を、来週の出張までに買っておいて」。老舗Aの鞄も、実際には条件を満たしているかもしれない。しかし、それを確かめる情報が乏しければ、候補から外れる可能性がある。工房Bには、条件に合う商品として提案される機会が生まれる。老舗Aの常連客の満足は、この買い物の場には届きにくい。自社の価値を、確かめられる形で示す意味が大きくなるのである。

