強みが、そのまま崩れの要因になる
アテナイを最強にしたのは、海を制する艦隊と、市民が自ら議論して素早く決める民会だった。その2つの強みが、そのまま遠征を大きくし、引き返す機会を失わせた。本書の序章で、8つの構成要素のうち⑤頂点を「最強の瞬間が“崩れ”の始まりになる」、⑥崩れを「最強のときの強みが、そのまま“崩れ”の要因に転化する」と書いたのは、こうした場面が古典のなかで繰り返し描かれているからだ。
経営の現場に戻ると、頂点での判断は、資源配分の問題として現れる。現在の事業を強くする投資と、次の事業を育てる投資。既存顧客への対応と、新しい顧客への挑戦。実績のある人材への期待と、新しい能力を持つ人材の登用。どの対でも、現在の成果を生んでいる強みの側には、数字と実績と支持者がそろっている。そのため、放っておけば資源は強みの側へ流れていく。
そしてニキアスの場面は、もう一つ大切なことを教えてくれる。好調な組織では、慎重論さえ計画を大きくする材料に変わり、異論を持つ人は口をつぐむ。経営会議で「リスクを押さえるためにもう少し投資を上乗せしよう」という結論に落ち着いたときこそ、その投資がどの局面を前提にしているのかを確かめるべきである。序章で私はこう書いた。「崩れ始めた局面で打ち続ける――これが多くの組織が犯す最大の失敗である」。
「成功への誇り、失う恐れ」の正体はマクベスにある
ここまでは、産業や自社を外から分析する話だった。しかし、局面を判定するのは経営陣自身であり、その判断もまた、成功への誇りや、それを失う恐れに影響される。そのことを考えるとき、私はシェークスピアの『マクベス』を開く。
スコットランドの武将マクベスは、荒野で3人の魔女から、やがて王になるという予言を受ける。彼はその予言を支えに自ら動き、王位を手にする。王になったあと、彼の判断を動かすのは、手に入れた地位を失う恐れだった。その恐れから、彼は、一部が現実になった予言の言葉に、自分の未来を保証してもらおうとする。盟友バンクォーを手にかけ、安心を求めて再び魔女を訪ねる。第4幕で彼が受け取るのは、「女から生まれた者には倒されない」「バーナムの森がダンシネインの丘へ攻め上ってくるまでは敗れない」という、2つの意味に読める予言である。
マクベスはこれを、自分は安泰だという保証として読む。第5幕、敵の兵士たちが枝をかざして進軍し、森が動き始めたという知らせが届く。彼はまず伝令を嘘つきと罵る。しかし、その直後、自分を安心させていた予言の言葉を疑い始める。保証だと信じていた言葉が、目の前で崩れていくのである。

