修学旅行という学校行事の中で、高校2年生の武石知華さんと抗議船の船長1名が死亡、さらに生徒・乗組員14人が重軽傷を負った2026年3月の辺野古沖転覆事故。危険な抗議船に乗せられることを、生徒たちやその保護者は学校から知らされていなかった――。
※本稿は、産経新聞取材班『偽りの「平和学習」 沖縄・辺野古沖転覆事故の深層』(産経新聞出版)の一部を再編集したものです。
乗る船の画像は生徒に示されていなかった
「平和学習」の名のもとに、沖縄の海で基地反対派の「抗議船」に乗せられた前途ある高校生が命を落とした。危険なプログラムはなぜ容認されたのか。生徒の証言を通じて見えてきたのは関わった大人たちの不作為と無責任の連鎖だった。
《F辺野古をボートに乗り海から見るコース》
同志社国際高校の2年生が参加する令和8年3月の沖縄研修旅行。恒例行事の3日目はA~Gまで7つあるコースを生徒が任意に選択するプログラムだった。
男子生徒の一人は、事前紹介のスライドで見たエメラルドの辺野古の海に興味を引かれた。「せっかく沖縄に行くなら」。そんな気持ちでFコースにエントリーしたが、定員超過で抽選になったという。実際に乗る船の画像は添付されておらず、2階席付きの遊覧船を思い浮かべた。
迎えた3月16日、辺野古のコースに向かった同級生から、男子生徒のもとに連絡が来た。
《船沈んだ》
同級生は前・後半に分かれて乗船する後半組。漁港で待機していて、先発したグループが転覆事故に巻き込まれたことを知った。
男子生徒の周囲もざわつき始めた。プログラムは中止となり、バスでホテルに戻ることに。その車中で教員から一報が伝えられたが、混乱して、どんな状況だったか今もよく思い出せない。

