説明会では保護者から批判が殺到

事故から1週間が過ぎた3月24日、同校が開いた保護者説明会。その会場には、辺野古の海で船の下に沈み、命を落とした知華さんの遺族の姿もあった。

「武石知華の父です」

学校側との質疑応答でそう名乗った父親は「本当の真相が分からず、なんとなくこんな感じじゃないかという形で終わってしまうのを、私は望んでいない」と話し、知華さんとともに沖縄研修旅行に行った2年生の保護者らに呼びかけた。「情報をお寄せください。知っていることを少しでも教えてもらえると、本当にうれしいです」

その様子を伝え聞いた同級生の男子生徒(17)は、いたたまれない気持ちになった。「遺族が自分から動かざるを得ないって、どういう状況なのか」。学校側の対応に不信が募った。

基地問題を学ぶのに、なぜ反対派の抗議船に乗る必要があるのか――。説明会では保護者から「信じられない」と批判が殺到した。研修旅行を担当したのは東武トップツアーズ(東京都)だったが、乗船プログラムは学校と金井氏だけで取り決め、同社は関与していなかった。

平和学習の「担い手」の変化

沖縄の平和学習はもともと、沖縄戦の歴史を学ぶ文脈から生まれたとされる。先の大戦末期の昭和20年、沖縄では地上戦が行われ、民間人ら計約19万人が犠牲になった。

沖縄で平和学習に携わる関係者によると、戦後50年が経過しようとしていた平成初期、沖縄戦経験者が中心となって戦争の悲惨さを修学旅行生らに語って聞かせたのが、今につながる沖縄の平和学習の原型という。

そして平成11年、米軍普天間飛行場の辺野古移設方針が閣議決定されたことで、戦争体験の継承はもとより、基地問題も平和学習の主要テーマになり得るとの認識が関係者の間で広がっていく。

沖縄の戦争経験者が心的な負担や高齢化によって活動の機会を減らす中で、新たに平和学習の担い手として登場したのが地元の学生団体や左派系活動家たちだった。

ただ両者の立ち位置には違いがあった。基地問題について賛否両面からアプローチする学生らに対し、活動家らは反基地を標榜ひょうぼう。関係者は「一定の年齢より上の世代の人たちは基地に反対することが平和学習との考えを持っている」と語った。