豊臣秀吉の甥、秀次はどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「『豊臣兄弟!』では凡庸な人物に描かれているが、それは違う。いまだ滋賀県の近江八幡市では優れた為政者として敬愛されているように、優れた武将だった」という――。
「豊臣秀次は天下人の器ではない」は本当か
秀吉(池松壮亮)は別妻を迎えて後継ぎを産ませるべきだ、と主張する石田三成(松本怜生)を、加藤清正(伊藤絃)と福島正則(松崎優輝)が吊るし上げたのは、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第39回「茶々の本心」(10月11日放送)でのこと。清正と正則は、秀吉が別妻をもらえば正妻の寧々(浜辺美波)が悲しむからと、三成の訴えに猛反対した。
では、秀吉の後をだれが継ぐかだが、清正と正則の答えは「秀次様がおられる」だった。清正がこう発言すると、秀次(山田涼介)と母で豊臣兄弟の姉である「とも」(宮澤エマ)の二人の場面が映し出された。秀次は母に「いつの日か、私が殿下の後を継ぐことになったら、母上は大政所さまでございますぞ!」と話しかけたが、この場面、秀次が「器ではないのに浮かれている」ことを表していたのだろう。
案の定、秀長(仲野太賀)は秀次の能力を買っていない。三成と同様、秀吉が別妻を持つべきだと考える秀長は、兄に掛け合った。秀吉も「秀次がおるではないか」と答えたが、秀長はいった。「秀次は天下人の器ではないと思うておる。立派な武将となったことはうれしく思う。じゃが、人を束ねるにはまだまだなにかが欠けておる」
第35回「秀長誕生」(9月13日放送)では、秀次が小牧・長久手の戦いで別動隊を指揮し、大敗を喫する場面が描かれたが、秀次は自身の敗戦について「なぜ私がみずからを責めなければなりませぬ?」と、責任を他者に転嫁するような発言をした。秀長はこれが気になっている、という設定だ。
史実の秀長も、「豊臣兄弟!」で秀長が低く評価したとおりの凡庸な武将だったのだろうか。結論を先にいえば、むしろ、すぐれた人物だった可能性が高い。

