秀吉の出世で最も割を食った武将は誰か。歴史評論家の香原斗志さんは「佐々成政はその一人だろう。かつては織田家の宿老に次ぐ立場だったが、権力を得た秀吉と対立したことで最後は切腹に追い込まれた」という――。
秀吉が足元に及ばない武将だった佐々成政
徳川家康(松下洸平)を臣従させて1年後、羽柴秀吉(池松壮亮)は懸案だった九州も平定した。それからしばらくして、肥後(熊本県)で強引な検地に反発する国衆(特定の地域に土着した在地領主)たちが一揆を起こした、という知らせが秀吉と秀長(仲野太賀)のもとに寄せられる。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第42回「北野大茶湯」(11月1日放送)では、その場面で、九州平定後に肥後をあたえられた佐々成政(白洲迅)がやってくる。だが、命令を無視して検地をし、一揆を招いたとして、秀吉は成政に厳しくあたる。
秀長は家康と前田利家(大東駿介)からの嘆願書を秀吉に差し出し、成政に対する寛大な措置を秀吉に懇願するが……。
「豊臣兄弟!」で描かれる秀吉は、史料等から推察される秀吉にくらべて、あまりにも「いい人」だが、いよいよ天下一統を目前にして、少しは横暴になってきた。佐々成政への処断についても、秀吉の融通が利かない残酷さが描かれるようだが、この成政という人物、かつては秀吉など足元にもおよばない部将だった。

