肝臓の再生だけでは、罰は終わらなかった
最後に、岩山に戻りたい。ヘシオドスの『神統記』には、この罰の結末も記されている。英雄ヘラクレスが鷲を倒し、プロメテウスの苦しみを終わらせたのである。それは、息子ヘラクレスの名声を高めたいゼウスの意向にも沿う出来事だった。肝臓が再生し続けるだけでは、罰は終わらなかった。苦しみが終わったのは、罰の輪の内側で回復を繰り返すことからではなく、物語そのものが次の局面へ進んだときだった。
現代のAI企業にとっても、次の資金を集めることだけでは、資金調達を繰り返す負担から自由にはなれない。鍵になるのは、顧客から受け取る対価で、技術を提供し、更新し続けられるようになることだ。
プロメテウスの肝臓は、能力を保つために、負担を繰り返し引き受ける姿を見せた。ウロボロスの蛇は、企業どうしの出資と取引が一つの輪をつくる姿を見せた。そして、その輪を収入で支え、持続させるのは、輪の外にいる顧客である。
本書では、AIの性能差が縮まるにつれて、「競争の条件そのものが変わり始める」と論じた。資金や設備を集める力に加えて、その能力を、顧客が払い続けたいと思う価値に変える力が問われ始めている。
プロメテウスの肝臓は、夜になれば再生した。企業の資金は、そうはいかない。AIの未来を支えるのは、輪の中を巡るお金と、その輪から社会へ届く価値である。その価値に、誰が、なぜ、払い続けるのか。巨額投資を見るときに、確かめたいのはそこだ。
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