フランスで最も多く造られている車は、ルノーでもプジョーでもない。トヨタのハイブリッド車である。そのフランスで10月13日から一般公開されるパリの自動車ショーには、中国勢が20ブランドを並べる。果たして日本車は安泰なのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「日本車の未来を分析するには、意外にも古典が役立つ」と指摘する。10月20日刊行の新著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)より、一部を再編集してお届けする――。(第3回)
渋滞している高速道路
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フランスで一番造られている車は何か?

フランスで最も多く造られている車は何か。そう聞かれて、ルノーやプジョーの名前を挙げる人は多いだろう。だが答えは、トヨタの「ヤリスクロス」である。

トヨタは2001年から、仏北部ヴァランシエンヌの工場で車を造っている。2025年の生産台数は過去最高の28万3465台で、そのすべてがハイブリッド車だった。なかでもヤリスクロスは21万2539台が造られ、4年連続でフランス国内の車種別生産台数の首位に立った。日本のメーカーのハイブリッド車が、フランスの工場で、フランスの人々の手で造られ、欧州中へ届けられているのである。

トヨタは、10月13日から一般公開されるパリの自動車ショーにも、このフランス製のヤリスクロスを持ち込む。

ところが、同じ会場で最も注目を集めそうなのは、日本勢ではない。中国の自動車専門メディアの集計によれば、中国資本が関わるブランドを含め、中国勢は計20ブランドを出展する。BYDが前面に出すのは、欧州向けに開発した小型のプラグインハイブリッド車(PHEV)だ。電気で走り、遠出ではエンジンも使える。吉利汽車も、領克も、パリで欧州に示すのはPHEVである。

日本が長く磨いてきた電動化の畑のすぐ隣に、勢いのある隣人がやって来た。では、その隣人を関税で締め出せば、日本車は安泰なのだろうか。

この問いを考えるとき、開きたい詩がある。2700年ほど前、ギリシャの農民詩人が、隣人との争いについて書き残した詩である。

2700年前の農民詩人が見抜いた「二つの争い」

紀元前700年ごろ、ギリシャ中部ボイオティアの小さな村に、ヘシオドスという農民詩人がいた。彼には、ペルセスという弟がいた。

父が亡くなり、兄弟は遺産を分けた。ところがペルセスは、より多くを手に入れようと、贈り物で裁きを左右する有力者たちに取り入り、広場で繰り広げられる争いごとに入り浸るようになった。自分の畑を耕すより、取り分を争うほうに心を奪われたのである。

そんな弟に向けてヘシオドスが書いた詩が、『仕事と日』だ。詩人は、こう語り始める。この地上の争いの女神は、一人ではない。二人いるのだ、と。

田中道昭『古典で読み解く!10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)
田中道昭『古典で読み解く!10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)

一人は、戦争と不和を広げる、むごい女神である。もう一人は、人間にとってはるかに良い女神だ。彼女は、怠け者でさえ仕事に向かわせる。隣人が熱心に畑を耕し、木を植え、家を整えて豊かになっていく姿を見た者は、自分も働こうと思う。だから陶工は陶工に、大工は大工に張り合う。この争いは、人間にとって良いものだ、と。

ヘシオドスが弟を責めたのは、争ったことではない。争う場所を間違えたことだ。広場で取り分を奪い合うのではなく、隣人の畑を見て、自分の畑へ向かえ。そう説いたのである。

この物語を、パリの会場に重ねてみたい。関税をめぐる交渉は、公正な競争の条件を整えるために必要な仕事だ。だが、企業がそこにばかり心を奪われれば、ペルセスと同じになる。隣人の畑で何が起きているのかを見て、自分の畑の耕し方を変える。それが、ヘシオドスの言う良い争いである。