「AIが日々進化すれば、世界も人類も同じく進化する」。そう信じられてきた。だが先端技術の現場では、AIが工場や物流を動かす「22世紀」が語られる一方、政治は関税と勢力圏で国境を越えた結びつきを断ち切ろうとしている。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「日本もまた、前へ進む技術と後ろへ戻る政治に、同時に引き裂かれている」という。新著『古典で読み解く!10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)より、一部を再編集してお届けする――。(第1回)
五星紅旗と星条旗
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米国で実感した「股裂き状態」

2026年1月2日から、私は米国に滞在していた。CES 2026を取材するための出張だったが、滞在中に米国がベネズエラを攻撃し、現地の主要メディアはそのニュース一色となった。1月5日には、私も現地からテレビ朝日「ワイド!スクランブル」にリモート出演し、この事態を解説した。最先端の技術が切り開く未来と、軍事力によって国際秩序を動かそうとする政治。その両方に、同じ米国で向き合うことになったのである。

CESで目にしたのは、AIが言語を扱う領域から、現実の世界に働きかける領域へ進む姿だった。NVIDIAが打ち出すフィジカルAIは、工場や物流、モビリティーを変えていく。私はこの産業AI革命を、富士通のオウンドメディアでも報告した。技術は、いわば「22世紀」へ加速しているように見えた。

一方、政治の世界では、関税や勢力圏を重視し、国境を越えた結びつきを分断する動きが強まっていた。私はそこに、「19世紀」へ逆走するような既視感を覚えた。技術は未来へ進み、政治は感情と権力によって過去へ引き戻される。この非対称性こそ、現地で強く感じたことだった。

企業は、そのどちらかだけに対応すればよいわけではない。前進する技術と逆走する政治が、同時に意思決定を拘束する。私はこれを「股裂き状態」と表現した。政治のブロック化に適応しながら、技術のグローバル化から降りない。その難しい経営を考えるためにも、人間と社会を動かす力を、もっと深く理解する必要があった。

破滅を理解した先に回復への道を探す

実は数年前から、強権的な国家リーダーの行動を分析するうえで、人間の「ダークサイド」を理解する必要を感じていた。恐怖、猜疑、傲慢、復讐心。合理的な損得や制度の説明だけでは、彼らの言動を捉えきれない。

田中道昭『古典で読み解く!10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)
田中道昭『古典で読み解く!10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)

そこで、ドストエフスキー、ギリシア悲劇、シェークスピア悲劇を研究してきた。権力への欲望や狂気、自己正当化を描く古典には、現代のリーダーの行動を考える言葉があった。しかし、破滅の構造を理解することと、そこからどう戻るかを考えることは、別の作業である。

一つの手がかりになったのが、ダンテの『神曲』だった。この作品は地獄で終わらない。人間の堕落を描いた先に、煉獄という立ち直りの過程があり、天国という秩序の回復へ進んでいく。私はその道筋に、現代の政治と経営を考える意味を見いだした。

敵と味方に分け、恐怖を動員し、力で従わせる政治を前に、誰が悪いかを叫ぶだけでは先へ進めない。どうすれば理性と秩序を取り戻せるのか。この問いから、歴史と『神曲』と戦略論を結びつけた、年初のプレジデントオンライン記事を書いた。古典によって現実の危うさを読み解き、その先に進む道を考える。この姿勢は、後に続く記事にも、新著にも通じている。