8月26日にネパールと中国の国境付近で起きた大規模土石流では、8月31日時点で死者が900人超、行方不明者は4000人を超えた。その中には家族とみられる日本人5人も含まれている。未曽有の世界規模の災害は、日本にどんな影響をもたらすのか。アルピニストの野口健さんから話を聞いた日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「地球の安全地図が書き換わり始めている。日本人もまた、過去の安全を前提につくられた国土の上で暮らしている危うさを自覚しなければならない」という――。
洪水により発生した大量の泥に埋もれ、道路脇で身動きが取れなくなったトラック=ネパール・ビドゥール、2026年8月29日
写真=Yonhap News Agency/共同通信イメージズ
洪水により発生した大量の泥に埋もれ、道路脇で身動きが取れなくなったトラック=ネパール・ビドゥール、2026年8月29日

警告は「20年前」からすでにあった

毎週月曜日にレギュラー出演しているテレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」。8月31日の番組では、正午から放送される深掘りニュース特集のテーマが、前日の日曜日夕方、当初予定されていたロシア・ウクライナ情勢から、ネパールと中国を襲った大惨事へ急遽変更された。ニュースの切り替えと同時に、ゲスト専門家としてアルピニストの野口健さんが出演されることも伝えられた。

今回の大惨事との関連から、あらためて野口さんの活動と発信を調べてみた。すると、すぐに分かったことがある。

野口さんは、今回の災害が起きてから警告を発し始めたのではない。長年にわたって繰り返しネパールとヒマラヤを訪れ、同じ山、同じ氷河、同じ村、そして同じシェルパの人々を見続けてきた。その過程で、雪が雨に変わり、氷河が後退し、氷河湖が拡大し、雪崩や洪水、土石流が人々の生活を脅かしていく現実を目の当たりにしていた。そして、その危険性を約20年前から国内外へ訴え続けていたのである。

年に2回、同じ山を見続けてきた

番組が始まる前には、野口さんから直接お話を伺う機会も得た。

野口さんは、少なくとも年に2回はエベレストをはじめとするネパール・ヒマラヤの山岳地帯を訪れているという。同じ場所へ繰り返し足を運ぶからこそ、単発の訪問や一枚の写真からは分からない変化に気づくことができる。氷河の形、雪の降り方、雨の降る標高、山肌の状態、川の流れ、現地の人々の言葉。その一つ一つを、野口さんは登山家として自らの身体で感じ取ってきた。

研究者が衛星や観測機器によって地球の変化を測定する存在だとすれば、野口さんは、自らの足で同じ場所を歩き続けることでヒマラヤの変化を記録してきた「人間の定点観測装置」だったといえる。

番組前と番組中に野口さんからお伺いしたお話のなかで衝撃的だったのは、以下のような内容だった。

かつて氷に覆われ、氷壁として登った場所を数年後に再訪すると、氷が融け、岩肌の露出した崖のような姿に変わっていたというのである。

その舞台の一つは、標高6189メートルのアイランドピークである。野口さんは19歳だった1993年にこの山へ初登頂し、その後も繰り返し登ってきた。2009年の登山記録には、山頂直下の氷壁を一手一手登ったと記されている。しかし、2023年に娘の絵子さんと再び登った際には、氷が大幅に融け、岩壁が露出し、激しい落石が発生していた。山の状態が変わったため、従来の登山ルートも変更せざるを得なかった。