政府がフィジカルAI分野への巨額投資を決めた。複数の報道によると、2040年度までに10.5兆円を投じる方針だという。半導体で敗れ、家電で敗れ、スマートフォンで敗れた日本は再び、世界で勝てるのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「日本がデジタル敗戦から覇権国へと舵を切る、決定的な瞬間だ。フィジカルAIこそ、日本が世界の中心に戻れる最後のチャンスだ」という――。

「日経平均7万円超え」が示す不穏な空気

6月19日、政府がフィジカルAI分野に対し、2040年度までに10.5兆円を投じる方針を固めたというニュースが駆け巡った。日本経済新聞によると、成長戦略17分野のなかでも「目玉事業」として、米中に並ぶ第3極、世界シェア3割超、20兆円の市場獲得を目標に掲げた。

その前日の6月18日、日経平均株価は終値で初の7万円台に到達していた(7万1053円、前日比+1151円)。日経新聞が「日本版M7」と呼んだ、時価総額増加幅の半分超を占める7社――キオクシアHD、ソフトバンクグループ、東京エレクトロン、村田製作所、アドバンテスト、日立製作所、信越化学工業――が市場を牽引していた。

終値として初めて7万円の大台を突破した日経平均株価終値を示すモニター=2026年6月18日午後、東京都中央区
写真=共同通信社
終値として初めて7万円の大台を突破した日経平均株価終値を示すモニター=2026年6月18日午後、東京都中央区

2日間で、市場と国家が同時に動いた。日本がデジタル敗戦から「フィジカル覇権」へと舵を切る、決定的な瞬間である。

ただし、ここで立ち止まる必要がある。「日本版M7」は祝祭でもあれば、警鐘でもある。時価総額増加幅の半分超が7社に集中する構造は、市場の偏りでもある。海外投資家は日本株を「安全な避難所」と評価する一方、「上昇続き割高感」も指摘している。だからこそ、この7社の先に来るものを読み解く必要がある。

私は2026年5月、拙著『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)で、フィジカルAIの産業構造と日本企業の主戦場を論じた。本書刊行からわずか1カ月後の歴史的2日間となったが、本稿では本書で扱った構造を踏まえ、経営者・投資家が読み誤ってはならない論点を5つに絞って提示したい。

戦略軸①「日本版M7」が示すもの

「日本版M7」の7社を改めて見てほしい。

キオクシアHD、ソフトバンクグループ、東京エレクトロン、村田製作所、アドバンテスト、日立製作所、信越化学工業。

なぜ、この7社なのか。トヨタでもソニーでもファナックでもなく、この7社なのか。

答えは、本書で論じた「大地・OS・身体」の3層構造で読むと、瞬時に見える。

田中道昭『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)
田中道昭『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)

7社のうち5社――キオクシアHD、東京エレクトロン、村田製作所、アドバンテスト、信越化学工業――は、本書で「大地」と呼んだ層に位置する。半導体、半導体製造装置、電子部品、半導体材料、半導体検査装置。フィジカルAIが立ち上がるための土壌・栄養そのものだ。

残る2社、ソフトバンクグループと日立製作所は、本書で「OS」と呼んだ層に位置する。AI戦略の中枢を握り、データセンター・社会インフラのデジタル化を担う。

市場はすでに気づいている。フィジカルAI時代の真の主役は、「身体」を作る企業ではなく、その土壌を提供する「大地」と、現場を統合する「OS」を握る企業であることを。

キオクシア1社で、東証プライム3月期企業の増益幅(7兆円超)の6割を生み出す見通しだ。村田製作所は1日で18.3%上昇、上場来高値を更新した。これは投機ではない。産業構造の地殻変動を、市場が織り込み始めた動きである。

そして、ここに決定的な事実がある。「日本版M7」には、本書の3層構造のうち「身体」層の企業が、ほとんど入っていない。