電車で誰も窓の外を見なくなった
電車に乗ったとき、車内を見渡してほしい。座っている乗客も、立っている乗客も、ほとんどが下を向き、手のひらの中の小さな長方形を凝視している。窓の外の景色も、向かい合って座る人の顔も、誰も見ていない。
日本ではすでにガラケーとiモードの時代に「親指族」が満員電車で下を向いており、欧米ではBlackBerryのビジネスマンが同じ姿勢でメールを打っていた。だがiPhoneは、それを世界規模・全世代へと一気に拡張した。2007年6月29日にサンフランシスコの壇上でジョブズが取り出した一枚のガラス板から18年、地球上の数十億の人間が、食卓でもベッドでも子どもと話しながらでも下を向き続けている。夕焼けより画面を見る時間が長い世代として、いまの子供たちは育っている。
そしてこの「下を向く文明」が、これから終わろうとしているのかもしれない。
史上最強の企業がなぜ「終わりの始まり」なのか
奇妙なニュースが流れた。アップルでCEOが交代する。9月1日付でティム・クックが退任し、ジョン・ターナスが昇格する。普通の業界人事に見えて、よく見るとこれは普通ではない。クック時代のアップルは、人類史上もっとも稼いだ企業の一つになった。売上4000億ドル超、時価総額4兆ドル超、世界中の数十億の人間が毎朝毎時間その製品を手に取り、利益は出続け、株価は史上最高値を更新し続けている。それなのにシリコンバレーの一部では、「アップルは終わりの始まりにいる」という声が囁かれ始めている。
外から侵略されたわけでも、新興企業に追い越されたわけでもない。経済も技術も組織も、依然として世界最強である。それでも内側から何かが崩れ始めている――そう感じている人々が、確実にいる。
本稿が問うのは、その「何か」の正体である。そしてその「何か」は、最終的に、Appleという一企業の話を超えていく。これは「人類の姿勢」が変わる話であり、「人類の知覚」が変わる話であり、私たちが何を「見て」生きるかが書き換わる話なのである。

